国際政治・アメリカ研究

    ■トピックス――国際事情・アメリカ事情  
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目 次

《2012年12月》
北朝鮮ミサイル発射予告(鍾欣宏)

《2012年10月》
山中教授がノーベル賞を受章――iPS細胞と今後の課題(山内千晶)
北朝鮮による拉致問題――日朝平壌宣言から10年(平林裕美)
米軍輸送機オスプレイの沖縄配備について(植松美帆)
ホブズボームの訃報に接して恩師を思い出す

《2012年8月》
(雑感)関塚JAPANの活躍とサッカー少年の夢の続き

《2012年6月》
生活保護のあり方と扶養義務について(植松美帆)

《2012年5月》
ギリシャのユーロ離脱問題(平林裕美)
大飯原発再稼働は実現するのか(山内千晶)

《2012年3月》
フィン・ユール生誕100周年

《2012年1月》
北関東復興へ鉄道各社の取り組み(新井智美)





《2012年12月》


北朝鮮ミサイル発射予告(鍾欣宏)

 12 月1日、北朝鮮報道官は10日から22日にかけて人工衛星を打ち上げることを予告した。事実上の長距離弾道ミサイルの発射実験である。北朝鮮が同じ年に2 度のミサイル実験を行うのは、今回が初めてである。同報道官は、失敗した4月の実験についても言及し、「欠陥を分析し衛星と運搬ロケットの信頼性と精密度 を改善し発射準備を整えた」、「国際的規定および慣例を円満に守る」と平和的利用を強調している。しかし、国連の潘基文事務総長は、今回の打ち上げが国連 安保理決議に対する明確な違反となることを指摘した。また、中国外務省も北朝鮮に自制を促す声明を発表している。日本政府は、北朝鮮のミサイルが日本領空 (沖縄付近)を通過する可能性があるため、北朝鮮に抗議し、日朝協議の延期に踏み切った。防衛省はイージス艦とPAC3の迎撃態勢を整え、米太平洋軍も周 辺海域に展開している。

 北朝鮮が国際社会から非難されるような軍事的威嚇や実験を強行することには「国内的要因」がかかわっており、貧 困問題から注意をそらし、政権への求心力を高める狙いがあるといわれる。また、今月17日はちょうど金正日元総書記の命日(一周忌)にあたり、北朝鮮は今 回のミサイル発射が国内をまとめ、国威発揚につながることを期待しているとも考えられる。

 他方、今回のミサイル発射には、アメリカとの 交渉再開とアメリカ側の譲歩、そして国際支援に結びつけたいという「国際的要因」もあるだろう。また、19日に韓国で行われる大統領選挙を牽制する狙いが あるという見方もある。韓国の大統領選は、現職の李明博と同じ対北強硬路線を主張する与党候補の朴槿恵と、融合路線を主張する野党候補の文在寅の戦いが白 熱化しているが、そうした最中、北朝鮮は「朴氏が当選すれば、『(南北は)戦争状態に陥る』」と示唆した。かつて中国は、1996年台湾で初めて大統領直 接選挙が行われた時に2発のミサイルを台湾海峡へ発射したことがあるが(台湾海峡ミサイル危機)、中国と北朝鮮は、いずれも相手国の選挙結果に影響を及ぼ そうとして、軍事力の威嚇で地域の緊張を引き起こしたのである。しかし、台湾の事例に照らしてみても、そのような試みが功を奏するとは考えられない。

  このように、今回の北朝鮮によるミサイル発射には、北朝鮮の「国内的要因」もあれば、「国際的要因」もある。そして、その行動様式は、北朝鮮の体制に深く 根ざしていると考えられる。北朝鮮の体制が変革されない限り、東アジアの平和と安定が脅かされる状況が続くのではなかろうか。(2012/12/12)

(参考資料)『産経新聞 WEB版』(2012年12月1日、4日); 『読売新聞 WEB版』(12月2日〜7日)。




《2012年10月》

山中教授がノーベル賞を受章――iPS細胞と今後の課題(山内千晶)

 10 月8日、京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。2006年に、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を誕生させたことによる受賞であった。 山中教授の研究で、一度分化した細胞を初期化する(未分化の状態に戻す)ためにOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycという4つの遺伝子を利用で きることが明らかになった。山中教授のiPS細胞は将来的に再生医療への応用が期待されており、来年にも外部の研究機関に提供されることになっている。

  従来、基礎医学研究では、分化多能性を持つ細胞としてES細胞(胚性幹細胞)が用いられてきた。しかし、これは受精卵を母体内から取り出して作るという手 法であったため、倫理的な論議を呼んでいた。これに対して、iPS細胞の場合は、そのような倫理的問題が発生しない。そこで、山中教授の研究成果が大きな 注目を集めたのであるが、その一方で、いくつかの課題も残されている。

 第一に、細胞がガン化してしまうということである。4つの遺伝子 のうち、c-Mycは突然変異によって際限なく細胞分裂を促進し、過剰に増えた細胞の組織化が進んでガン化するおそれがある。これに対する解決方法とし て、山中教授は、c-Mycを除いた他3つの遺伝子でiPS細胞を作るという方法を発見した。ハーバード大学のデーリー(George Q.Daley)は、Oct3/4、Sox2の他にc-MycとKlf4のどちらか一方があればiPS細胞の作製が可能であることを発表した。また、ウィ スコンシン大学のトムソン(James Thomson)は、Oct3/4、Sox2の他にNanog、Lin28を用いることによってiPS細胞を作製することに成功している。

  第二に、iPS細胞を作製するために使う遺伝子を細胞に送り込む方法についてである。一般的には、遺伝子を細胞に送り込む際にウイルスベクターが使われる が、その際、ウイルスによって生物に病気が引き起こされる場合があるので、病原性を取り除いていたうえで遺伝子の運び屋として機能させる方法を確立する必 要がある。ウイルスベクターにはいくつかの種類があり、山中教授はレトロウイルスベクターを利用し、ハーバード大学のホッケドリンガー (Konrad Hochedlinger)らは別のウイルスベクターを用いて研究の成果を発表した。しかし、病原性を取り除く可能性はゼロにはならない(*)。

 このような懸念材料はあるが、山中教授は安全なiPS細胞を選ぶ方法は確立しつつあり、「工業製品のように、いい品質のものだけを選び出したい」と述べている。これからの実用化にむけて、研究のさらなる発展に期待したい。(2012/10/24)

(*)この記事の科学的な説明については、下記「iPS細胞物語」の特に第6・8・9回に依拠するところが大きい。

(参 考資料)「iPS細胞物語(株式会社リバネス制作)」『文部科学省 iPS細胞等研究ネットワーク iPS Trend』<http://www.ips-network.mext.go.jp/about/story/>; 『日本経済新聞』(2012年8月11日);『朝日新聞』(10月12日、13日)。
 


北朝鮮による拉致問題――日朝平壌宣言から10年(平林裕美)

 9 月17日、北朝鮮が日本人拉致を認めた日朝平壌宣言からちょうど10年を迎えた。2002年に拉致被害者5名の帰国が実現したが、04年の第2回日朝会談 以後は、北朝鮮による核開発やミサイル発射実験の強行、また日本政府が経済制裁を強化したことで、拉致問題は進展のないまま今日まで続いている。現在17 名が政府に拉致被害者として認定されているが、残りの被害者の消息に関して北朝鮮政府からまだ納得のいく説明は得られていない。

 8月 末、4年ぶりに日朝の政府間協議が再開された。この協議は外務省の課長級による予備協議であり、第二次世界大戦期の日本人の遺骨返還問題に関する日朝赤十 字協議をきっかけに実現した。日本政府はその予備協議で、日朝関係改善に前向きな姿勢をアピールしつつ、拉致問題を議題にすることを要求した。しかし北朝 鮮政府は、拉致問題は解決済みという態度を崩さず、拉致問題を日朝国交正常化の前提にしないよう日本側に求めた。北朝鮮側は、残り12名の拉致被害者につ いて、「死亡」 「入国していない」と主張しているが、客観的証拠はなく、信憑性に乏しい。

 02年9月に小泉純一郎元首相の訪朝に同行 した自民党の安倍晋三元首相は、拉致問題の解決について「圧力をかけた上での対話しか方法がない」とし、「解決しなければ北朝鮮はやっていくことができな いと思わせなければならない」と話した。一方、民主党の野田首相は「拉致被害者の帰国を果たすべく、交渉で最大限努力する」と述べたが、内閣改造が三度も 行われ、その度に拉致問題担当相が交代する状況に、松木薫さんの姉、斎藤文代さんは 「『真剣に命がけでやる』と仰っていたのに。大臣がコロコロ代わって、政府が拉致事件をどうしようとしているのか不安になる」と戸惑いを隠せない。

  日朝平壌宣言から10年が経ったが、拉致被害者の残り12名の帰国はいまだ果たされていない。その間、拉致被害者とその家族の高齢化が進み、解決はいまや 時間との戦いでもある。被害者の家族は、北朝鮮の指導者が交代したのを機に日本政府が強く働きかけることで、一刻も早く拉致問題が解決されることを望んで いる。(2012/10/17)

(参考資料)『日本国政府北朝鮮による日本人拉致問題』<http: //www.rachi.go.jp/>; 『日テレNEWS24』(2012年9月3日、10月15日); 『MSN産経ニュース』(9月16日、10月19日); 『朝日新聞Web版』(8月18日、24日、26日、31日、9月1日、2日、5日、6日、11日、17日、20日、10月 5日、9日、14日)



米軍輸送機オスプレイの沖縄配備について(植松美帆)

 10 月6日、米軍垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ3機が、一時駐留先である山口県岩国市の米軍岩国基地から、配属先の沖縄県宜野湾市、米軍普天間飛行場に 移送された。これにより、7月に岩国基地に搬入された12機すべての沖縄配備が完了し、今後訓練は本格化する。オスプレイは、当初7月中に試験飛行する予 定だったが、今年に入って2度も起きてしまった墜落事故の影響で日本国内の反発が高まり、日米両政府が運用ルールを協議した。4月にモロッコで4人が死 傷、6月にアメリカ・フロリダ州で5人が負傷した墜落事故について、米軍はいずれも人為的ミスと結論付け、日本政府は米軍の調査結果を追認、9月19日に 安全宣言を発表した。しかし、沖縄県民の十分な理解が得られたとは言いがたい状況である。

 オスプレイへの反発がかつてないほど大きく なっている理由としては、10年以上前から配備の可能性が指摘されていたのに、沖縄に初めてオスプレイ配備が伝えられたのが昨年6月だったこと、森本防衛 相が8月の訪米でオスプレイに試乗した際、「大変快適だった」と県民感情に配慮を欠く発言をしたこと、9月に日米政府が合意した運用ルールに違反の疑いが 強い訓練が行われていることなどが挙げられる。

 オスプレイは、滑走路がない場所で直離着陸できるヘリコプターと、水平高速飛行できる固 定翼機の特性を併せ持った初めての航空機だが、開発段階で墜落事故が相次ぎ、計30人が死亡、「ウィドウメーカー(未亡人製造機)」という異名が付けられ た。その後、改良が重ねられ、アメリカ政府は05年に量産を承認した。米国防総省の国防分析研究所でオスプレイの分析官だったレックス・リボロ氏は、オス プレイの構造の複雑さが事故多発の要因になっていると指摘し、「ほとんどの機体は小さなミスなら持ち返すことができるように設計されているが、オスプレイ は小さなミスを許さない設計になっている」と述べた。ただし、リボロ氏はオスプレイは「(現行の輸送ヘリ)CH46よりは安全」とも指摘している。米国防 総省によると、オスプレイの事故率は、比較的損害の小さい「クラスB」「クラスC」では海兵隊航空機の平均を上回っているものの、死者や200万ドル以上 の損害が出た「クラスA」では平均よりも低い。つまり、オスプレイの安全性は、他の航空機に比べて低いとは言い切れない。

 また、オスプレイは、現行のCH46と比べ、最高時速はほぼ2倍の約520キロ、飛行距離は約6倍の約3900キロと大幅に延びるというメリットがあり、来夏にはさらに12機が普天間に配備される計画である。

  仲井真弘多・沖縄県知事は9日に野田佳彦首相に会い、配備の見直しを求める予定だが、日本政府にはオスプレイ配備を拒否する権限がなく、要請することしか 出来ないのが現状である。また、オスプレイは、沖縄で運用されるだけでなく、東北、四国、九州でも低飛行訓練が予定されており、周辺の自治体から反対の声 が上がっているが、日本政府はこれを中止させることも出来ない。オスプレイ配備の必要性、安全の確保、さらには日米安保のあり方について、今後の議論の行 方が注目される。(2012/10/10)

(参考資料)『毎日新聞』(2012年7月23日、9月10・14・21日、10月7日); 『朝日新聞』(10月6日); 『NHKクローズアップ現代ホームページ』NO.3250(9月24日放送分)



ホブズボームの訃報に接して恩師を思い出す

  わが国でも数多くの翻訳書が出版されているイギリスの歴史家、エリック・ホブズボームが10月1日、ロンドンの病院で死去した。95歳。代表作『20世紀 の歴史――極端な時代(上・下)』(三省堂, 1996年)は、私が学生時代にお世話人になった河合秀和先生の訳で、この仕事中に一つ質問されたことがあった。「西岡君、ブライアン・ジョーンズという のは、ローリング・ストーンズとどういう関係なのか」「バンドのメンバーの一人です」。同書下巻58ページの翻訳に貢献できたという話である。

  河合先生は、私にとって文字通り怖いくらいに賢い先生であったが、翻訳の能力も尋常ではなく、洋書のテキストを見ながら、そのまま活字にできそうな訳をす らすらと読み上げていた姿が思い出される。河合先生はホブズボームを「歴史を学ぶものなら誰でも知っておかねばならない歴史家」と評されており、その後も 『21世紀の肖像――歴史家ホブズボームが語る』(三省堂, 2000年)と『わが20世紀――面白い時代』(三省堂, 2004年)を翻訳された。

  昨年亡くなくなられた恩師、斉藤孝先生もホブズボームの著作を翻訳されたことがある(『反乱と革命』未來社, 1979年)。来年3月頃を目安に、河合先生の編纂により斉藤孝先生の追悼論集が刊行される予定であるが、河合先生は相次ぐ訃報に触れて何を考えられてい るであろうか。(2012/10/2)



《2012年8月》

(雑感)関塚JAPANの活躍とサッカー少年の夢の続き

  ロンドン五輪サッカー日本代表が一次リーグを突破し、準々決勝へと駒を進めた。希望含みの観測であるが、組み合わせは悪くなく、メダル獲得や日本初の 決勝進出も現実味を帯びてきた。五輪代表でメダル獲得の快挙となれば、いつの日か関塚監督がA代表の監督を務めるのも夢ではないかもしれない。

  実をいえば、監督の関塚隆さんはいまから30年以上前、サッカー少年だった私の憧れの的であった。千葉県代表八千代高校サッカー部のフォワードとして、全 国大会で活躍していた関塚さんは、『サッカー・マガジン』でも写真付きで大きく報じられていた。Jリーグがなかった頃、日本代表が国際試合で勝てない時代 に、高校サッカーのスター選手は社会人選手よりもよほど輝いて見えた。私は関塚さんより5歳下だが、何を隠そう、私の兄も私も関塚さんが活躍した名門 サッカー部に入るために、わざわざ学区のちがう八千代高校まで通うことに決めたのである。(私は関塚さんと面識はないが、兄は面識があるらしい。)

  私が面識のあるサッカー選手は、家が近所で日本代表にもなった野口幸司選手で、小さい頃は公園でサッカーを教えてあげたりもした。野口選手は私の5歳下 で、私が高校生の頃まだ小学生であったが、全国大会で得点王になるなど早くから非凡な才能を示していた。彼は、市立船橋高校が体育に力を入れ始めた頃に誘 われて入学し、当時無名の同校をインターハイ2連覇に導いたのだが、実はその彼も中学生の頃、本当は八千代高校に行きたいと私に相談していたのをはっきり 覚えている。たぶん、彼よりも若い世代では、市立船橋と野口幸司選手の方がサッカー少年の憧れとなったにちがいないが、関塚さんの影響は千葉県では間接的 であれ一回り下のサッカー少年にまで及んでいたのである。

 その関塚さんが五輪代表監督として、世界の頂点を目指して戦っている。関塚さんは、どこまで夢の続きを見させてくれるのだろうか。期待せずにはおれない。(2012/8/3)

(追記)4日、日本は準々決勝でエジプトを破り、44年ぶりのベスト4入りを果たした。



《2012年6月》

生活保護のあり方と扶養義務について(植松美帆)

 人気お笑い芸人、河本準一さんの母親が生活保護を受給していた問題を受け、生活保護のあり方と扶養義務をめぐり波紋が広がっている。

  小宮山洋子厚生労働相は5月25日、保護費の引き下げを検討する考えを示すと同時に、生活保護者の親族らが受給者を扶養できる場合、扶養義務者に生活の面 倒をみさせるよう、地方自治体に徹底させる方針を示した。これに対して、生活保護問題対策全国会議(代表幹事・尾藤廣喜弁護士)と全国生活保護裁判連絡会 (小川政亮代表委員)は、28日、「雇用や他の社会保障制度の現状を改めることなく、生活保護制度のみを切り縮めれば、餓死者・自殺者が続出し、社会不安 を抱く」とし、冷静な対応を求める緊急声明を出した。また、6月7日の記者会見では、生活保護受給者へのバッシングが高まり受給者が悩んでいる現状を訴 え、尾藤氏は「親族間の関係が希薄している現代社会に、扶養義務の適用厳格化はそぐわない」などと指摘した。

 生活保護とは何か。厚生労 働省によると、「生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長するこ とを目的」としている制度とあり、また、保護の要件の1つには「扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先」するとある。だが、実際には、民法で扶 養義務を定められている、一親等、二親等の者も、自身の経済状況などを理由に援助を拒む、あるいは一部の援助にとどまる場合が多い。

 生活保護受給者は今年2月時点で209万人と過去最多を更新し続け、保護費が膨らんでいる。親族の扶養義務が徹底されていないこともその一因とされており、小宮山厚労相の発言の背景にはそのような社会的現実がある。

  一方、夫から暴力を受けていた元受給者の女性からは「(家族への扶養義務の確認などが厳しくなると)自分がどこに住んでいるかを知られるのを心配して、申 請をためらう人が増える」という意見がでている。また、過去には、北九州市で、男性2人が、福祉事務所から子供や親族からの支援を受けるよう求められ、生 活保護を受けられないまま相次いで孤独死した事件も起きている。

 扶養義務はどこまで厳格化できるのか。その場合に「最低限度の生活」は守られるのか。生活保護の問題では、不正受給の例ばかりが取り上げられているが、実情を踏まえた上での十分な議論と的確な判断が求められている。(2012/6/13)

(参考資料)『厚生労働省ホームページ』;『朝日新聞』(5月26日・31日);『毎日新聞』(5月25日・28日、6月6日・8日)
 
 

《2012年5月》
ギリシャのユーロ離脱問題(平林裕美)

  ギリシャがユーロ圏から離脱したらどうなるのか。5月19日、米ワシントン郊外のキャンプデービットで開催された主要国首脳会議(G8サミット)で深刻さ を増す欧州の経済危機対策に関する協議が行われた。G8サミットでは、ギリシャは「(ユーロ)にとどまるべきだ」との見方が大勢を占めたが、最終的にはギ リシャ国民が判断する問題であり、各国首脳はギリシャの政局の動向に注目している。

 2010年のギリシャ財政危機以来、政府は債務返済のため 緊縮財政を推進してきたが、ギリシャ国民は政府の緊縮政策に不満を募らせ、5月6日の総選挙では反緊縮派の政党が大きく票を伸ばした。その結果、連立与党 が過半数割れを起こして、新政権の組閣も困難となり、ついには組閣が断念されるという事態に陥ったのである。そこで、来月に予定された再選挙の後、新政権が緊縮政 策から撤退し、ユーロ圏からの離脱を宣言するのではないかという見方が出ている。

 では、もしギリシャがユーロ圏から離脱するとどうなる のか。まずギリシャでユーロ導入前に用いられていた通貨「ドラクマ」を使用することになるが、現在のギリシャは経済力が弱いうえ、他国からの信頼性もなく なっているため、新ドラクマの価値は急落、インフレが進行し、ギリシャの金融や貿易が大打撃を受けことが予測される。特にギリシャは石油や天然ガス、医 療品、機械類、食糧の40%を輸入に頼っており、ドラクマが暴落すれば海外からの調達が困難になり、国民の生活に大きな混乱が生じるおそれがある。

  また、ギリシャ経済が破綻すれば、その影響がユーロ圏に跳ね返り、ユーロ全体への信頼が失われ、世界の金融市場が混乱するという事態にもなりかねない。そ こで、G8サミットでオバマ大統領は、世界経済の安定と回復には「強くまとまりのあるユーロ圏が重要」として、財政健全化と国民生活の安定を両立させる政 策と政局混迷に揺れるギリシャにユーロ残留を促したのだが、まずは再選挙でギリシャ国民がどのような決断をするかが焦点となるだろう。 (2012/5/23)

(参考資料)『時事通信』5月20日、『産経新聞』(5月14日)『朝日新聞』(5月19 日、20日)、『毎日新聞』5月19日)、『ロイター』(5月20日)

 
 


大飯原発再稼働は実現するのか(山内千晶)

 福井県おおい町にある関西電力大飯原発の再稼働について、産業界が夏期ピーク時の電力不足を憂慮する中で、政府には安全の確保と地元の同意という二つの面で慎重な対応が求められている。

  まず、3月末に行われた大飯原発のストレステストの結果を踏まえ、関西電力の八木誠社長は「福島の事故を起こさないという意味では(原発の安全は)緊急安 全対策で確保できると思っております」と述べた。その安全対策とは、高台に設置したディーゼル車で原子炉を冷やす装置を動かすことや、津波に耐えられるよ うな鋼鉄製の扉を設置するというものである。しかし、この安全対策には課題が残されており、ストレステスト自体の問題を指摘する声もある。

  その一つは、漂流物について考慮されていないという点である。津波のみの力では壊れないものも、そこに漂流物の力が加わると壊れてしまう。そしてもう一つ は津波の複雑な動きを捉えられていないという点である。京都大学の米山准教授は、「防波堤の手前では高さ3メートルほどだった津波も速度が速ければ10 メートルの防波堤を越えます。防波堤に衝突した波が進行方向を上向きに変えてせり上がる現象が起きるのです」としている。予想できることがきちんと考慮さ れていないことがうかがわれる。

 次に、原発の再稼働には「地元」の同意が必要であるが、「地元」とはどこまでを指すか、その範囲設定が 一つの争点となっている。福島県敦賀市長が指摘したとおり、「地元の範囲を広げれば、原発を動かすのは不可能に近くなる」という問題があるからである。福 井新聞社が県議35人に対して実施したアンケートでは8割が「条件付き賛成」であった。これに対して、朝日新聞が福井県と近畿地方で実施した世論調査で は、いずれも反対が多数を占めた。

 野田政権は再稼働に向けて、県とおおい町の同意を求めているが、朝日新聞の世論調査では「地元の範囲 を広げるべきだ」という意見が目立つ。福井で「地元の範囲をどこまでにすべきか」と4択で尋ねると、「福井県以外も含める」59%、「県内全域」22%、 「(おおい町がある)嶺南地方まで含む」11%で、「県とおおい町だけ」はわずか4%であったのである。京都府の山田知事は、「大飯の原発の30キロ圏内 の人口は京都府は6万8千人、福井県は7万8千人でほとんど変わらない」と指摘している。このように、近隣府県からも「地元」の範囲の拡大を求める声があ がっている。

 4月26日、おおい町で柳沢経済産業副大臣らによる住民説明会が行われた。住民は原発の安全性に不安を抱きながらも、町の 雇用や経済を考え、複雑な気持ちを抱えている。もし雇用や経済を考えた上でおおい町が原発再稼働を容認した場合、近隣府県の住民から反発を招くおそれがあ る。一方、もし再稼働に反対した場合、町の雇用や経済がどうなるかわからない。野田政権の判断が注目される。(2012/5/2)

(参考資料)『NHKクローズアップ現代ホームページ』NO.3179 (2012年4月5日放送分);『福井新聞』Web版(4月19日);『朝日新聞』(4月24日);『日本経済新聞』Web版(4月26日);『毎日新聞』Web版(4月28日)。

 
 


《2012年3月》

フィン・ユール生誕100周年

  今年1月30日は、デンマークの建築家、家具デザイナーであるフィン・ユールの生誕100周年に当たり、さまざまな記念の企画が進められている。北欧デザ インの巨匠、家具の彫刻家、孤高の天才‥‥、さまざまの異名を持つフィン・ユールであるが、彼の名前を永遠にしたのは、何と言ってもチーフテンチェア、 NV-45など独創的な名作椅子の数々であろう。

 フィン・ユールが請け負った最大の仕事の一つは、国際連合信託統治理事会の会議場の設 計である。この会議場は、天井照明から床のカーペットから机・椅子まで彼のデザインからなるもので、「フィン・ユール・ホール」とも呼ばれる。信託統治理 事会は1994年パラオの独立とともに活動をほぼ終了したが、フィン・ユール・ホールは国連会議場として今後も使用される。現在は改修中であり、彼の生 誕100周年を祝して二つの企画が進められている。一つは、会議場開設時にデザインされた椅子FJ51を復刻すること、もう一つは、 会議場に現代の北欧デザインを取り込むためのデンマーク政府による家具コンペである。

 フィン・ユールが携わったもう一つの大きな仕事 は、他でもない彼自身の自邸である。彼は、建築家であると同時に家具デザイナーでもあり、フィン・ユールの自邸は、彼の才能が凝集された最高の空間となっているのである。そして、フィン・ ユール生誕100周年を記念して、日本の家具メーカー「キタニ」が中心となり、飛騨高山にそのフィン・ユール邸を再現するプロジェクトが実現された。私は まだ写真でしか彼の自邸を見たことがないが、「有用とも美しいとも思わないものを家の中に置いてはいけない」というウィリアム・モリスの言葉を思い出さず にはおれない。

 これまで日本にはフィン・ユールだけを扱う単行本がなかったが、先日、織田憲嗣『フィン・ユールの世界――北欧デザインの巨匠』(平凡社、2012年)が刊行された。生誕100周年 にあわせたのであろう。北欧デザインに興味がある人であれば是非とも 手に入れたい一冊であり、それ以外の人であっても、「美しい暮らし」に何かしらの興味があれば、この機会にフィン・ユールの世界を覗いてみてはいかがか と思う。現代人は、大量生産品に囲まれて機械のように働くしかないのか。この本には、きっともう一つの世界へのヒントが隠されているにちがいない。
 

フィン・ユール生誕100周年を祝うデンマーク大使館前の広告
 
(参 考資料)川上典李子「国連『フィン・ユール・ホール』、名作復刻と家具デザインコンペ」『madame FIGARO.jp』<http://column.madamefigaro.jp/culture/design/post- 818.html>; Finn Juhl Art Museum Club <http://www.fjc.kitani-g.co.jp/index.html>
 
 

《2012年1月》

北関東復興へ鉄道各社の取り組み(新井智美)

  去年の3月11日に起きた東日本大震災によって、東北地方の主に岩手県、宮城県、福島県では、多くの人的被害と建物被害を受けた。北関東においても、東京 電力福島第一原子力発電所の事故の影響で観光客が減少する中、JR東日本をはじめ鉄道各社は、新型車両の投入や誘致キャンペーンを行い、利用客の拡大に繋 げようとしている。

 JR 東日本グループは、東日本エリアの観光と産業の復興を応援するために、昨年7月から首都圏のエキナカ、駅ビルにおいて観光PRや物産市を開催して、旅行需 要の冷え込みや産業が受けている打撃から立ち直ろうと努めてきた。そのほかにも、観光復興において、「みちのく観光物産市」を開き、東北の夏祭りの宣伝を 行ったり、産業復興において、被災地の伝統工芸品や東日本エリアの特産品などを販売する「応援工芸市」や「応援物産展」を開き、東日本エリアを応援してき た。そして、日経新聞の7日の報道によれば、鉄道各社は今回、展望列車の延伸や蒸気機関車(SL)を目玉にした企画などによって、さらなる誘客に取り組も うとしている。

 東武鉄道では、東京スカイツリーの開業を控えて、東京と日光・鬼怒川方 面を結ぶ特急スペーシア車両の刷新を進めている。会津鉄道、野岩鉄道、東武、JR東日本は今春を目処に、会津若松駅から海津田島駅の間を走る「お座トロ展 望列車」を鬼怒川温泉駅まで延伸する。鬼怒川温泉駅までの「AIZUマウントエクスプレス号」も東武日光駅まで延す方針である。また、第三セクターのわた らせ渓谷鉄道は4月に新型トロッコ列車を導入する予定であり、JR東日本の常磐線でも1〜3月の週末を中心にお座敷列車を走らせる。JR東日本高崎支社で は、昨年の大型観光キャンペーンの目玉である「D51」と復元した「C61」の並走運転が昨年好評だったのを受けて、今夏もSL2両を使ったイベントを検 討しているという。(2012/1/11)

(参考資料)「JR・私鉄、鉄道てこに北関東へ誘客 展望列車や車両刷新」『日本経済新聞』(1月7日); 「復旧の現状と復興への取組」『東日本大震災復興対策本部HP』; 「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被害現状と警察措置」『警視庁HP』。




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