国際政治・アメリカ研究

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目 次

《2007年12月》
自衛隊によるミサイル防衛の実験と国内の報道について思うこと
温暖化対策をめぐるアメリカの動向と新エネルギー法の成立

《2007年11月》
斉藤孝先生の傘寿のお祝いを終えて
「エノラ・ゲイ」機長ポール・ティベッツ氏の死去
防衛省幹部のGPS携帯所持問題――軍産複合体か監視社会かしか選べないのか

《2007年10月》
在日アメリカ大使館、10年にわたり国有地賃借料の支払いを拒否
ゴア氏のノーベル平和賞受賞と2008年大統領選挙への注目

《2007年9月》
新刊紹介――ガディス『冷戦』とワイト『国際理論』

《2007年8月》
(訃報)ジャズ・ドラマーのマックス・ローチが死去

《2007年7月》
米下院が従軍慰安婦問題で謝罪要求決議
(訃報)カール・ゴッチの死去
イラク米軍増派に関する中間報告と撤退法案をめぐる動向
ハンス・ウェグナー追悼展を訪れて(体験記)
 



《2007年12月》

自衛隊によるミサイル防衛の実験と国内の報道について思うこと

 政治的なプロパガンダというと、何かを支持したり、批判したりするために雄弁に語る姿が思い浮かぶ。しかし、「事実」だけを淡々と伝える報道は、プロパガンダの対極にあり、政府や反政府勢力の思惑から距離を置いた「中立」の立場を示しているのだろうか。答えは、もちろん「ノー」である。事実は雄弁に勝る。事実は雄弁よりものを言うからである。

 18日、日本は、イージス艦に搭載した海上配備型迎撃ミサイル(SM3)の実験をハワイ沖で実施した。テレビのニュース番組では、テレビ朝日の「報道ステーション」がかなり批判的なスタンスからこの実験について報道していたが、新聞主要各紙は軒並み実験の成功を淡々と伝えていた。しかし、そうであるからといって、テレビ朝日の報道が左翼偏向で、新聞各紙は概ね「中立的」であったという評価にはならない。今回のような兵器の実験は、基本的に宣伝が目的で行われるので、その成功を単純に報じることは事実上の政府プロパガンダに等しいか、少なくともそれに準じているのである。

 ミサイル迎撃実験は、実戦ではありえない好条件のもとで、ミサイルを発射する側と迎撃する側が綿密に示し合わせて行われる。実験が失敗すれば予算を削られかねないので、迎撃する側は絶対に命中させるためにありとあらゆる努力を払い、迎撃される側も絶対に迎撃されるように最大限の努力を払う。そして、実験の成功が確信された時点で、次の年度の予算の増額を賭けて実験を行う。SM3の実験は、そうした形ですでにアメリカで何度か繰り返されてきた。そこで確かめられたことは、もちろんSM3が敵のミサイルを確実に迎撃できるということではなく、実験を成功させるための「条件」を整えることは物理的に可能であるということにすぎない。今回、日本は、巨費を投じてもう一度その「条件」を確認しただけである。

 最低限の訓練を受けた歴史学者であれば誰でも、どの「事実」を取り上げるかという取捨選択それ自体が歴史の「解釈」でもありうることを知っている。そのことを悪用すれば、「歴史は最高のプロパガンダ」でありえるだろう。もしジャーナリストがその理屈を理解した上で、「報道」と「言論」を巧妙にすり替え、あえてミサイル防衛実験の成功を淡々と伝えているのであれば、ある意味ではお見事である。その場合は、われわれ市民がそれに勝るメディア・リテラシーを身につけて知的に武装し、「ニュースは最高のプロパガンダ」「報道は最高のプロパガンダ」でもありうることに注意するしかない。しかし、もし新聞各紙が特に考えもなく、ただ情報を垂れ流しているだけならば、困ったものである。

 少なくとも現時点では明らかに、おそらくは今後も現在と同様に、ミサイル防衛は軍事的な兵器というよりも政治的な兵器である。であれば、その成功を淡々と報じることもまた本当は高度に政治的なのである。(2008/1/21)
 


温暖化対策をめぐるアメリカの動向と新エネルギー法の成立

 ブッシュ政権は、2001年3月に気候変動枠組み条約に関する京都議定書からの離脱を表明して以来、地球温暖化問題への消極的な取り組みで国際的な批判を集めてきた。昨年9月には2013年以降、ポスト京都議定書の国際的枠組みに復帰する意向を示し、国連のもとで2009年中の合意を目指すよう主要排出国に呼びかけたが、アメリカ経済に悪影響を及ぼすような排出削減の義務化に反対するという姿勢はいまも崩していない。ゴア元副大統領が地球温暖化対策の必要を訴える活動でノーベル平和賞を受賞した直後にも、京都議定書は「悪い政策」だと言い切った。地球温暖化は重要な課題だが、アメリカの国益を損なわない範囲で、ということなのであろう。(産経新聞9月29日、10月16日)

 一方、同じアメリカでも州のレヴェルでは、温暖化対策は進みつつある。ニューヨークなど北東部7州、イリノイなど中西部6州、カリフォルニアなど西部5州は、それぞれ独自に温室効果ガスの排出削減を目指す地域連合を結成しており、オブザーバーを加えると全米29州がこれに参加している。地域連合は、連邦政府の立場とは異なり、数値目標を設定し、企業に排出枠を割り当てて、過不足分の取引を可能とする削減方法「キャップ・アンド・トレード」の導入を念頭に置いている。(産経新聞11月19日)

 さらに、連邦議会でも最近、温暖化対策の実現に向けた前進が見られた。「キャップ・アンド・トレード」方式を導入し、2050年までに温室効果ガスの排出量を70パーセント(2005年度比)まで削減させる「気候安全法案(CSA)」が12月5日、上院の環境・公共事業委員会を通過したのである。委員会レベルであれ、こうした法案がアメリカ議会で可決されたのは初めてのことである。(産経新聞12月6日)

 こうした中で、ブッシュ大統領は19日、自動車の燃費規制の強化など、省エネを徹底させる新エネルギー法案に署名した。自動車燃費規制の強化は1975年以来、実に32年ぶり。今後、自動車分野では、エタノールの積極的な利用が目指されている。同法には、その他にも家電製品のエネルギー効率の基準見直しなど、多くの規制が含まれており、白熱電球は2012年から段階的に使用が撤廃される見通しである。ブッシュ大統領は「輸入石油の依存を脱却し、気候変動に取り組む重要な一歩」と同法の意義を強調した。(産経新聞12月20日)

 しかし、ブッシュ大統領には、どこまで本気で温暖化問題に取り組む意思があるのだろうか。大統領の関心は、「気候変動に取り組む」よりも「輸入石油の依存を脱却」することに向けられているとも考えられる。いまや軍事力で他の追随を許さないアメリカにとって、安全保障上の脅威は、テロやならずもの国家とともに、中東情勢の悪化などに起因するエネルギー(石油)の供給の不安定化である。ブッシュ大統領は、まずそのような国益の問題にかかわっているからこそ、新エネルギー法案に署名したのではないか。先に述べた「気候安全法案(CSA)」は来春、本会議で採決にかけられる見通しのようであるが、同法をめぐる議会の論戦とそれに対する大統領の態度が注目される。(2008/1/20)
 

《2007年11月》

斉藤孝先生の傘寿のお祝いを終えて

 歴史学者・国際政治学者の斉藤孝先生が今月、数え年で80歳を迎えられた。先日八王子のホテルで行われた「斉藤孝先生の傘寿を祝う会」では、斉藤先生も寄稿している川成洋ほか編『スペイン内戦とガルシア・ロルカ』(南雲堂、2007年)を、共同執筆者である渡辺万里さんから参加者全員に献本していただいた。

 斉藤先生の弟子筋は東大時代・学習院時代と合わせて数多く学界で活躍されているが、私が最後の世代である。斉藤先生のゼミに入れていただいたのがちょうど20年前、その後、私は1995年に博士号を取得して学生生活を終え、斉藤先生は96年に退職、私は97年から教職に就いた。それから、ちょうど10年が経過した。大学院に入学した時、ある先輩から「斉藤孝に憧れるのはよいけれども、絶対に先生のようにはなれないよ」と釘を刺されたが、たしかに大学教員になっても師匠に近づけているという実感はまったくない。ただ、浅学ではあるけれども、自分の関心や問題意識を大切にして国際政治を歴史学的に考察するという斉藤先生の教えを大切にし、より若い世代の人びとにも伝えていきたいと思う今日この頃である。
 


「エノラ・ゲイ」機長ポール・ティベッツ氏の死去

 第二次世界大戦で広島に原爆を投下したB29爆撃機の元機長ポール・ティベッツ氏が1日、92歳で死去した。ティベッツ氏は、原爆搭載用に特別に改造されたB29に「エノラ・ゲイ」という名前をつけたが、その名前は彼の母親エノラ・ゲイ・ティベッツからとったものであり、そこには原爆投下の任務を与えられたことへの彼の誇りが感じられる。ティベッツ氏は好戦的な人物ではなかったといわれるが、生涯を通して、原爆投下の任務について後悔はなかったと語り、被爆者への謝罪を行わなかった。

 同氏の死去についてアメリカ政府・軍部から公式のコメントは聞こえてこない。ホワイトハウス、国務省、国防省のサイトに関連の記事は見当たらず、報道によれば、国家安全保障会議(NSC)の報道官は「気に留めていない」としてコメントを避けたという。ティベッツ氏は、反核運動家の抗議の対象となることを嫌い、遺言により葬儀をせず、墓石を設けず、遺灰は海に散骨された。(ウィキペディアの彼の項目などで)「祖国では英雄として扱われている」と紹介されることがある割には、静かで、いくぶん寂しい最期であった。(2007/11/23)

(参考資料:産経新聞2007/11/2)
 


防衛省幹部のGPS携帯所持問題――軍産複合体か監視社会かしか選べないのか

 守屋武昌前防衛事務次官が週末にたびたびゴルフ接待を受けていた問題は、われわれが「軍産複合体」の問題をより身近なものとして受け止めるべきことを教えた。かつてアイゼンハワー大統領は、1961年1月の告別演説の中で、軍部と軍需産業の癒着が「軍産複合体」というべき不合理な状況をもたらしていることの危険性を指摘し、アメリカ国民に警鐘を鳴らした。多くの日本人は、それをアメリカに特有の問題と受け止めてきたかもしれない。しかし、軍需産業の数がごく限られており、国防省(防衛省)が唯一のお得意様であるという潜在的な癒着の構図は、どこの国でも変わらない。軍産複合体は、自由主義の社会にとって常に忘れてはならない潜在的な脅威である。

 しかしながら、石破茂防衛相が打ち出した再発防止策、すなわち防衛省幹部の休日・夜間の行動把握のためGPS携帯の所持を義務づけるという再発防止策は、「軍産複合体」と同じくらい暗い別の問題、すなわち「監視社会(監獄社会)」というもう一つの脅威を生み出すだけである。組織の健全さをアピールするために過剰な監視が行なわれることは、企業や大学のような組織にさえも見受けられることだが、自由主義的な活力をすり減らして働く者の意欲を削げばいずれ組織は衰退するにちがいない。

 実際には、GPS携帯の所持などは政治的なポーズにすぎず、幹部は自宅に携帯を置いて外出するだけの話かもしれない。しかし、日本の社会では、官庁のやることが一般社会でも標準的なこととして広まっていく場合があるので心配である。われわれの社会は、「軍産複合体」か「監視社会(監獄社会)」かを選ばなくてはならないくらいに、自由主義的に堕落しきった社会なのだろうか。やや大げさではあるが、防衛省幹部のGPS携帯所持問題は、私にはそのような問いかけにも聞こえてくる。

 当初、防衛省内には「子供ではない」「プライバシー無視だ」という批判があった。たしかに、防衛省幹部といえども、休日の行動を監視するのは、プライバシーの侵害であると考えられる。これに対して、石破防衛相は「(反発する人の)気持ちがわからない」「そういう方は防衛省にいていただかなくて結構」と述べて反発する幹部を力でねじ伏せ、「居場所を明らかにするのは当たり前」と言い切った。しかし、防衛省であれ、他のどの省庁であれ、国家公務員が休日もつねに居場所を知らせることは「当たり前」のことだなどと、本来は言い切れるはずがない。GPS携帯所持の対象となる者の中には制服軍人も含まれるらしいが、特に文民にまでそのような規律を強要するというのは危険な思想である。

 自分の部下に有無を言わせず従わせるのは、規律を絶対視した軍隊式なやり方である。この軍隊式のやり方を軍隊の外の組織――省庁、学校、工場など――にまで広げていくとき、「軍国主義」が台頭する。石橋氏は自他共に認める「軍事オタク」ではあるが自由主義思想に一定の理解がある点で軍国主義者ではないと思っていた。われわれは、敵意のある国やテロリストや軍産複合体のほかにも、監視社会や軍国主義という敵があることを忘れてはならない。(2007/11/2)

(追記)11月30日、防衛省は、GPS携帯の導入を当面見送る方針を固めたことを発表した。(2008/1/20)

(参考資料:産経新聞11月1日、時事通信11月1日)
 

《2007年10月》

在日アメリカ大使館、10年にわたり国有地賃借料の支払いを拒否

 日本語の「外交」とは「外国交際」を略した言葉だというが、日米の外交関係を良好に調整するための在日アメリカ大使館の借地料をめぐって日米間に醜い争いがあるというのは悲しい現実である。在日アメリカ大使館は、赤坂の国有地を賃借しているが、1998年以降10年にわたり賃借料の支払いを拒否しているというのである。

 国有地の賃貸料は物価水準の上昇などを踏まえて引き上げる必要があるが、アメリカが引き上げに拒否する形で98年から未納が始まった。民法の規定では、日本政府が督促状を送った2002年12月から数えて5年後の今年12月までに支払いが行なわれない場合は、時効が成立する。したがって、この問題は、それまでに支払いの交渉をまとめるか、さもなくばアメリカ政府を相手に民事訴訟を起こすか、ということになりそうである。

 朝日新聞の報道によれば、日本政府は「安易な妥協はできない」、アメリカ大使館は「日本政府と協議を続け、問題が解決することを期待している」と述べているという。 国民としては、通常の地代の水準に照らしてそう遠くない範囲で決着してもらいたいところであるが、最悪でも未払いを黙認して時効の発生を許すというような事態だけは回避してほしい。(2007/11/2)

(追記)産経新聞(12月7日)によれば、アメリカ大使館が10年分の借地料を滞納している問題で、日米両政府は年間借地料を700万円とし、アメリカ政府が一括7000万円を支払うことで合意した。(2008/1/20)

(参考資料:『朝日新聞』10月29日)
 


ゴア氏のノーベル平和賞受賞と2008年大統領選挙への注目

 12日、ノルウェーのノーベル賞委員会は今年の平和賞を、アル・ゴア氏と「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に授与することを発表した。ゴア氏は、米クリントン政権で副大統領を務めた民主党の政治家で、映画「不都合な真実」を通じて地球温暖化問題への大衆の関心を喚起したことが評価された。IPCCは、地球温暖化問題に対する国際的な取り組みで中心的な役割を果たしている国連の機関である。ゴア氏の受賞は、地球温暖化問題と2008年の米大統領選挙という二つの文脈から注目を集めている。(毎日新聞10月13日)

 ゴア氏については、不正確なデータを使って地球温暖化の不安を過度に煽っているなどの批判もあるが、ノーベル賞委員会のオラ・ミュース委員長は、論争を覚悟でゴア氏の受賞を決め、「我々は今年、地球温暖化が世界平和に最も重要なテーマであると認識したのだ」と述べている。イギリスでは高等法院が映画「不都合な真実」に複数の科学的な誤りがあるとして、学校での上映に際して適切な説明を加えるよう求めている。(読売新聞10月13日、時事通信10月12日)

 2008年大統領選挙については、ゴア氏は今のところ立候補の意思を示していない。しかし、ゴア氏が受賞スピーチのあと、記者からの質問を受けずに会場を去ったことについて、記者団からは「出馬しないと決意しているのなら、質問を受け付けてもいいのに」という声も聞かれたという。実際のところ、ゴア氏に大統領選出馬への色気がないとは考えられない。映画「不都合な真実」のプロデューサー、ローリー・デビッドは、彼に出馬の意思を何度も質問したのだが、ゴア氏はその都度「電源の切れた携帯電話のように」聞こえないふりをしていたという。(毎日新聞10月13日、New York Times, October 13, 2007)

 一部の民主党員の間にはゴア待望論があり、氏に立候補を促す「ドラフト・ゴア」(ゴア氏を担ぎ出そう)という市民団体が活動を展開している。しかしながら、ギャラップ社の分析では、少なくともノーベル賞受賞の発表までは、ゴア氏を大統領にしようという大衆的な大きな盛り上がりは見られない。ゴア氏の好感度は、今年2月から8月の調査で48%から57%の間を揺れ動いている程度であり、8月中旬に民主党員を対象に行なった好感度調査でも、ヒラリー・クリントンの84%に対して73%と及ばなかった。また、今月4日から7日に行なわれた民主党大統領候補についての世論調査では、ヒラリー43%、オバマ24%に対してゴアは10%と大きく水をあけられている。(産経新聞12日、Gallup,October 12, 2007)

 もしノーベル平和賞受賞をきっかけとして、ゴア氏が出馬を表明したら、どうなるであろうか。ニューヨークタイムズによれば、多くの専門家は、ゴア氏がよいスタートを切れる可能性があるとしながらも、民主党のライバルがすでに予備選挙の日程の早い州で精力的に活動していることを挙げて、決して楽な競争にはならないと指摘している。ゴア氏の今後の動向が注目される。(2007/10/13)
 

《2007年9月》

新刊紹介――ガディス『冷戦』とワイト『国際理論』

 最近、2冊の重要な著作を献本していただいたので、ここで紹介したい。

 1冊目はJ・L・ガディス『冷戦――その歴史と問題点』河合秀和・鈴木健人訳(彩流社、2007年)である。J・L・ガディスはアメリカを代表する外交史家で、ポスト修正主義を標榜する冷戦史の専門家である。本書は、そのような著者ができるかぎり平易に、短く(と言っても360ページで)まとめた冷戦史のテキストである。

 冷戦史は、アメリカ政府の冷戦政策を擁護する正統派、それに修正を迫る修正派を経て、公文書の公開とともに両者を統合する「ポスト修正主義」の段階に入ったとの見方がある。ただし、その議論は現実主義的で結論は正統派に近く、意匠を変えた正統派といった印象も拭えない。ガディスは「まえがき」で冷戦に「勝った方が勝ったことで、世界はよくなったと、私は確信している」という価値観を披瀝し、「躊躇することなく、冷戦がどうなったかを十分に考慮に入れた展望のもとで書いた」と述べている。彼によれば、「他に方法はないと思ったからである」。

 なるほど、正直な告白である。しかし、歴史には本当に「他に方法はない」のか。そう断言してしまえば、歴史は限りなく現実肯定となり、勝てば官軍ということになってしまわないか。私もここで告白させてもらえば、私が拙書『アメリカ外交と核軍備競争の起源』(彩流社刊)の中で「歴史を不確実性の中で探求」したことには、そのようなガディスの議論への挑戦の意味合いが込められていた。それはさておき、本書は、よくも悪くもアメリカの標準的な冷戦史のテキストであり、少なくとも批判的に一読する価値がある。

 2冊目はマーティン・ワイト『国際理論――三つの伝統』佐藤誠・安藤次男・瀧澤邦彦・大中真・佐藤千鶴子訳(日本経済評論社、2007年)である。ワイトは、国際関係論における「英国学派」の重鎮で、ヘドリー・ブルらに多大の影響を与えたが、寡作であったため、日本ではその学問的貢献に見合った評価や知名度はなかったといえるかもしれない。本書は、そのような著者が1950年代に行なった一連の講義をもとにした国際関係論のテキストである。

 ワイトの議論は、国際関係思想を3つの伝統、すなわち「合理主義・現実主義・革命主義、あるいは抽象的に人間の顔をつけて言うならばグロティウス主義・マキャベリ主義・カント主義という3つの伝統」(序文より)に分類して論じたものである。

 けだし、グローバル化が進む21世紀の現在、日本で本書が刊行されたことには、現実肯定、権力肯定、国家中心の性格を持つアメリカ流の現実主義に代わる枠組みが模索され、その源流をたどろうという狙いがあったのかもしれない。いずれにせよ、ワイトの貴重な講義内容が書籍として刊行されたことを祝福したい。(2007/9/17)
 

《2007年8月》

(訃報)ジャズ・ドラマーのマックス・ローチが死去

 ジャズ界を代表するドラム奏者で、公民権運動家としても知られるマックス・ローチが15日(現地時間)、ニューヨークの病院で死亡した。享年83歳。1940年代、モダン・ジャズの成立期から活動を開始し、50年代にトランペット奏者のクリフォード・ブラウンらとともに数々の名盤を残した。最も有名なジャズ・アルバムの一つ、ソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』(通称、サキコロ)でも見事なドラムを叩いている。

 ところで、ローチの音楽に対する冒涜と批判されると困るが、いま私は自宅のパソコンで彼の代表作の一つ"Clifford Brown and Max Roach at Basin Street"を聴いている。ジャズをパソコンで、ましてや圧縮音源で聴くなどということはまったくの邪道であると、私自身つい2、3日前まで信じて疑わなかったが、今日、初めてオーディオ・ボード(サウンド・カード)というものをパソコンに装着してみたので、試しに彼のCDをWMA形式に圧縮してみたのである。オーディオ・ボードとPCスピーカーの種類によってはろくな音にならなかったとも思うが、オンキョーのオーディオ・ボードSE-90PCIBoseのミニコンポWave Music Systemにつないだところ、思いの外いいあんばいであった。別の部屋にはピュア・オーディオのセットもあるし、真剣に聴くならレコードが一番である。ただ、今年の夏は猛暑で外に出かける気にならないし、BGMをパソコンでシャッフルして延々と聴けるようにするということをつい試してみたくなった。結果としては、ポータブルMP3プレイヤーや安物のラジカセよりはよい音が出せたと思う。(2007/8/21)

(参考資料)ロイター8月17日、日刊スポーツ8月17日)
 

《2007年7月》


米下院が従軍慰安婦問題で謝罪要求決議

 30日、米下院は、従軍慰安婦問題をめぐる対日謝罪要求決議を本会議で採択した。今年1月に日系のマイケル・ホンダ議員が決議案を提出したことをきっかけに、米議会では、日本政府に明確な謝罪を求める動きが強まっていた。この問題の背景には、昨年の中間選挙の結果を受けて、今年から人権問題に積極的な民主党が議会の多数派を占めるようになったことや、ホンダ議員がアジア系の有権者が多いカリフォルニア州の選出で反日的な団体とのかかわりがあることが挙げられる。ブッシュ大統領は日本政府の立場に理解を示している上、議会の決議には法的な拘束力がないのであるが、双方にとって感情的に流されやすい話題であるので、今後の日米関係に与える影響が懸念される。(2007/7/31)

(参考資料)毎日新聞7月31日、産経新聞7月31日。 


(訃報)カール・ゴッチの死去

 日本では「プロレスの神様」とも言われ、新日系のプロレスラーに多大の影響を与えたプロレスラーのカール・ゴッチが28日、フロリダ州タンパの自宅で死亡した。享年82歳。「蛇の穴」で知られるイギリスのビリー・ライレージムでランカシャーレスリング(キャッチアズキャッチキャン)の訓練を受け、プロレスデビューを果たす。ジャーマン・スープレックスの使い手として有名。同門のビル・ロビンソンは、ゴッチが日本で神格化されていることに疑問を述べているが、「鉄人」ルー・テーズを最も苦しめた「無冠の帝王」であり、数多くの弟子を育てた名コーチであった。(2007/7/31)


イラク米軍増派に関する中間報告と撤退法案をめぐる動向

 12日、ブッシュ政権は、イラク米軍増派に関する中間報告を提出した。今年1月イラクへの米軍増派を決めてからの成果が問われたが、報告書はイラク情勢は相変わらず「複雑で多難な状況」との厳しい認識を示している。軍事面では一定の成果が得られたものの、政治面での進展が十分に得られていない。特に石油収入の分配や宗派間の対立の問題などで膠着した状況が続いている。イラクの治安維持活動は、依然として米軍に大きく依存した状況である。

 ブッシュ政権は当面、イラクの治安回復のため従来の方針を堅持する予定であるが、民主党が主導する米下院はこの報告書を受けて、イラク駐留米軍を来年4月1日までに撤退させるとの法案を可決。一方、上院は18日、イラク撤退法案を採決にかけるための動議を否決したため、法案は廃案となった。かりに法案が上院を通過した場合でも、ブッシュ大統領が拒否権を行使するのは確実であったが、民主党には、イラク政策の転換を求めることで、不人気な共和党政権との立場のちがいを国民に示す狙いがあった。

 ブッシュ大統領は独立記念日(7月4日)の演説で、「勝利のためにはこれまで以上の忍耐、勇気と犠牲が必要となる」と述べ、イラク政策への理解を求めたが、7日にはイラク北部の市場で死者150人、負傷者250人以上にのぼるイラク戦争開戦以来最大の自爆テロが行なわれていた。イラク米軍増派に関する最終報告は、9月に議会に提出される予定であり、そのとき民主・共和両党の対立が再燃することは間違いない。(2007/8/1)

(参考資料)共同7月9日、ロイター7月13日、産経新聞7月13日・14日、毎日新聞7月5日・19日。
 


ハンス・ウェグナー追悼展を訪れて(体験記)

 今年2月、本ホームページでデンマークの家具職人ハンス・ウェグナーの逝去を伝えたが、現在、彼の追悼展が新宿パークタワーのリビングデザインセンターOZONEで開催中である。3階の「追悼展」は10日までだが、5階ノルディックフォルムでの「ハンス・J・ウェグナーデザイン&PPモブラー特集」は17日まで開催。入場無料。3階に展示されている椅子には自由に座ることができ、5階の展示品についても担当者に断れば実際に座ることができる。 

 今日、試しに座った名作椅子は、ウェグナーのザ・チェア、Yチェア、ベアチェア、バレットチェア、ピーコックチェア、サークルチェアなど、合計20種類以上。また、同じ会場にあったボーエ・モーエンセンのスパニッシュ・チェア、アルネ・ヤコブセンのエッグチェア、フィン・ユールのディプロマットチェアにも触れることができる。1960年、ケネディ対ニクソンのTV討論会でも使用された「ザ・チェア」は座面が籐のものと革のものを座り比べたが、個人的には籐の座面の「ザ・チェア」が秀逸であった。見た目のシンプルさからは想像できないくらい自然で優しいフィット感が身体全体に感じられ、座面・背もたれ・肘掛けのすべてがまったく違和感を感じさせない作りとなっている。まさに職人技である。(2007/7/7) 


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