国際政治・アメリカ研究

    ■ニュース 2001年上半期

   トピックス――アメリカ事情:解説とリンク  ※著作権は放棄しません。文章の無断転載を禁じます。                                         
 



2003年下半期2003年上半期2002年下半期2002年上半期2001年下半期2001年上半期


《2001年6月》
連邦控訴裁、マイクロソフト社分割命令を破棄
ジョン・リー・フッカー、永眠――リアル・ブルーズの死
米安全保障政策をめぐる攻防と新たな軍拡の危機――7月にミサイル迎撃実験
田中外相のミサイル防衛(MD)批判における外務官僚の問題
NMDをめぐる米国の世論

《2001年5月》
大型減税法案、議会を通過
野党民主党が上院の多数派に――共和党議員の離党
安全保障政策に関する大統領演説を読む(仮)
アメリカ国立公文書館の入館手続きが変更

《2001年4月》
ブッシュ大統領の「100日間」
米上院、大型減税案を可決
米原潜、通報なしに佐世保に入港

《2001年3月》
ブッシュ政権、京都議定書への不支持を表明

《2001年2月》
ブッシュ政権、国防政策の包括的な見直しへ――核軍備の削減に積極姿勢
ブッシュ政権のNMD(本土ミサイル防衛)推進と欧州諸国の反発
アメリカの景気後退

《2001年1月》
ブッシュ新大統領の就任演説を読む




《2001年6月》
連邦控訴裁、マイクロソフト社分割命令を破棄

 6月28日、ワシントンの連邦控訴裁判所は、パソコンソフト市場世界最大手のマイクロソフト社に対する反トラスト法(独占禁止法)違反訴訟の判決を下した。同判決は、マイクロソフト社の反トラスト法違反を認める一方で、一審のマイクロソフト社分割命令を破棄するもので、今後、原告と被告の間で和解が成立するかどうかが注目される。 

 この訴訟は、1998年5月にアメリカ司法省と全米20州(後にサウスカロライナ州が提訴取り下げ)が起こしたものであり、2000年11月、一審のワシントン連邦地方裁判所判決では、反トラスト法違反が認められ、同社の分割命令が下されていた。 

 アメリカの独占禁止法は、1890年のシャーマン反トラスト法を中核とするもので、消費者を独占の弊害から守るために、価格協定・市場分割などの共同行為、抱き合わせ販売、独占状態を維持するための独占力の濫用を禁止している。過去には、スタンダード石油(1911年)やAT&T社(1984年)が反トラスト法の適用を受けて分割された例がある。 

 控訴裁における争点は、(1)マイクロソフト社がコンピュータの基本ソフト(OS)市場での独占状態を維持するために反競争的な違法行為を講じたかどうか、(2)OS市場における同社の独占状態をインターネット閲覧ソフト(ブラウザー)市場に拡大するために独占力を不当に行使したか、(3)同社のOS(Windows95と98)とブラウザー(Internet Explorer)の抱き合わせは反競争的行為であったか、(4)連邦地裁判事トマス・ジャクソン判事が是正措置として分割命令を下すに際して正当な法手続を踏んだか、など。今回の判決では、(1)について一審判決が概ね支持されたが、(2)は否定され、(3)は再審理のため地方裁に差し戻され、(4)については分割命令が破棄され、地方裁のジャクソン判事が担当から外された。 

 マイクロソフト社は、最も恐れていた分割命令が破棄されたことによって安堵したが、司法省も反トラスト法違反そのものは部分的に認められたため勝利を宣言している。今年、企業寄りと見られるブッシュ政権が誕生し、保守派のアッシュクロフト氏が司法長官に任命されたため、司法省が最高裁への上告を行なわず、和解が成立する見込みが高まっている。ただし、原告側では、もともと司法省よりも州当局の方が強硬な態度を示しており、司法省が提訴を取り下げた場合でも州が上告する可能性はある。 

 今回の訴訟が先に述べたスタンダード石油やAT&T社の訴訟と性格が異なるのは、一年か二年で当該企業と業界全体の状況が大きく変化する状況の中で訴訟が行われてきた点にある。マイクロソフト社もコンピュータ業界全体も、訴訟が始められた三年前とは大きく変化している。マイクロソフト社は、過去におけるいくつかの行為に関して違法行為の事実認定が行われたとしても、現在では、再び裁判沙汰に巻き込まれないように大量の弁護士を抱えて訴訟に備えた企業運営を行なっている。そこで、今回の訴訟で部分的に違法行為が認められても、それが即今後の経営に大きな支障を来すとは考えられない。いっそう大きな争点は企業分割であるが、これについてはたとえ適用されたとしても、新たにもう一つの独占企業を増やすだけではないかとの見方もある。 

 マイクロソフト社のビル・ゲイツ会長は、同社がよりよい製品をより安く提供してきたと自負する。アメリカの政府・議会の中には、そのようにして莫大な利潤を生み出すマイクロソフト社をつぶしてはならないという思惑もある。しかし、個人的には、どの企業に限らず、また、たとえよりよくより安いものであれ、情報産業がこれ以上めまぐるしく新製品を開発することが本当に消費者の利益であるのか、そのこと自体に疑問も感じざるを得ない。独占であれ、市場原理に基づく競争であれ、10万円の製品を三 
年足らずで時代遅れにし、消費者に買い換えを強いる情報産業。一方では、迅速な「判断」「行動」「開発」、そしてもう一方ではすべてを時代遅れにし迅速な「破壊」を求めるグローバル資本主義。これについて考える余裕も与えないように、新製品が 
次々と現れるのである。 

 いずれにしても、情報産業の将来を見通すことはできない。ただ、今後の裁判の行方は、より一般的にアメリカ経済の景気後退が懸念される中で、ブッシュ政権がどこまで大企業寄りの政策をとるのかを見極める材料とはなるのではないか。 
(2001/6/29) 

(関連記事:CNET Japan Tech News, June 28; NIKKEI NET, June 28など) 
 


ジョン・リー・フッカー、永眠――リアル・ブルーズの死

 6月21日、戦前派最後の大物ブルーズ・ミュージシャン、ジョン・リー・フッカーが自宅で睡眠中に老衰のため死亡した。 

 ジョン・リーは、1920年(一説によると1917年)8月17日生まれ、10歳代からミュージシャンとしての活動を始めた。ミシシッピ・デルタ・ブルーズの中心地、クラークスデールで生まれたが、チャーリー・パットンやロバート・ジョンソンらデルタ系のミュージシャンとはまったく異なる独自のブギー・サウンドをつくりだし、ローリング・ストーンズなどのロック・ミュージシャンにも多大な影響を与えた。「ブギーの父」とも呼ばれる。 

 ギターとフット・スタンプ(足踏み)を伴奏に抑制の利いた低音で歌う彼のブルーズは、彼自身が誇らしげに述べていたように、唯一無比の「ディープな」サウンドであった。彼は言う。「楽譜なんか読めないが、ここと、ここに、あの音があるのさ。そういう音がみんなの心をわしづかみにするんだ。ステージにいると、自分の音があんまりディープで、ファンキーで、涙がこぼれそうになることがある。」 

 半世紀以上にわたる活動を通じて、彼は「何一つ違ったことはやっていない」と述べている。周囲に流されず、自分自身の音を生涯かけて追求したという自負心から出てくる言葉である。彼の死とともに、本物のブルーズが、あるいは商業主義とは無縁の本物のアメリカン・ミュージックが終わったといえるかもしれない。しかし、彼は以前、ドキュメント『ブルース・オン・ザ・ロード』のインタビューに、こんなことを答えていた。「永遠に生きられるやつなんかいない。生きているうちにがんばるだけだよ。この世でやらなきゃいけないことはふたつだけ。税金を払うことと死ぬことさ。……私が死んでも、私はいなくならない。私の名前も音楽も残るんだからね。世界中の人たちが、ジョン・リー・フッカーを覚えていてくれるんだ。ただ私に会えなくなるだけさ。」 

 代表曲は、“Boogie Chillen,”“Boom Boom,”“I’m In The Mood,”など。1980年の娯楽映画『ブルース・ブラザーズ』では、シカゴのマックスウェル・ストリートを舞台にストリート・ミュージシャンの役を演じた彼の演奏風景をみることができる。(2001/6/22) 

(関連記事:Rosebud Agency; MSNBC, June, 22; New York Times, June 22; 写真) 
 


米安全保障政策をめぐる攻防と新たな軍拡の危機――7月にミサイル迎撃実験

 ブッシュ政権は、発足後まもなく先端技術を駆使した軍事力の整備を目指す方針を発表し、ラムズフェルド国防長官を中心に、ミサイル防衛を重視する安全保障政策の見直し作業を進めてきたが、ここへ来て内外の反発も強まってきた。ミサイル防衛は費用対効果の面で疑問があることや、宇宙軍拡を含む新たな軍拡の脅威が懸念されているためである。 

 ブッシュ政権の戦略見直しの内容は、5月25日の大統領演説で公表される予定であった。しかし、この演説では、兵器の高性能化をさらに推し進める方針が強調されたものの、戦略見直しの具体的な内容までは明らかにされなかった。6月1日、アーミテージ国務副長官は、戦略見直しについて「米国の安全保障上の関心はアジア太平洋地域に向かう」との見通しを示しており、さる5月8日にラムズフェルド国防長官が発表した「宇宙防衛」推進の新方針は、中国を念頭に置いた戦略であると見られている。(毎日新聞5月9日、10日、26日、6月2日) 

 このように、ブッシュ政権の戦略見直しは、宇宙防衛とミサイル防衛を含む先端技術重視とアジア重視を骨子とするものになりそうであるが、議会や国防総省内部から反発が出ており、詰めの作業が遅れている。反発の主な理由は、戦略見直しの内容がロシアや中国の反発を招きかねないこと、および見直しの作業がラムズフェルド国防長官の周辺だけで閉鎖的に進められてきたこと、にあると見られる。 

 6月5日、共和党ジェフォーズ上院議員の正式離党によって、アメリカの上院では野党民主党が多数派となる体制に移行した。これによって、戦略見直しをめぐる政府と議会の対立は、いっそう厳しいものとなる見通しである。上院の新外交委員長に就任したバイデン氏は、ミサイル防衛について「深い懸念」を表明し、実現可能性などを精査する考えである。また、新軍事委員長に就任したレヴィン氏は、ミサイル防衛は時期尚早であり、中国やロシアの反発を避けられないため「極めて危険」であると述べている。(朝日新聞6月5日、Philadelphia Inquirer, June 9) 

 実際、中国は、ブッシュ政権にかなり強い反発を示しており、いらだちを隠せずにいる。5月、江沢民国家主席が、ブッシュ米大統領を「極端に愚か」などと激しく批判していたことも伝えられている。また、中国は、アメリカのミサイル防衛・宇宙防衛に反発して、6月7日のジュネーブ軍縮会議に宇宙兵器の配備の全面禁止を求める作業文書を提出している。(NIKKEI NET、5月26日、毎日新聞6月7日) 

 一方、ブッシュ政権は、ミサイル防衛の推進を加速しようと懸命である。ラムズフェルド国防長官は、6月上旬NATOの会議であまり乗り気でない欧州諸国にミサイル防衛の必要性を説いて回った。また、6月8日、国防総省当局者は、ミサイル防衛構想の迎撃実験を7月後半に行なう方針を明らかにした。昨年の1月と7月に行われた迎撃実験は、いずれも失敗に終わっているが、今回の実験に成功した場合、ブッシュ大統領の一期目が終わる2004年までに迎撃ミサイルを限定配備するという可能性も出てきた。(毎日新聞6月9日、Washington Post, June 8 and 9) 

 ブッシュ政権の内部で、ミサイル防衛や宇宙防衛を強力に推進しようとしているのは、ラムズフェルド国防長官であると見られる。ラムズフェルドはもともと、国防長官に任命される以前に、弾道ミサイル防衛と宇宙防衛の必要性に関する2つの委員会の委員長を務めていた人物であり、その仕事を評価されて国務長官に抜擢されたのであるから、彼がミサイル防衛・宇宙防衛の最も強力な擁護者の一人であることは驚くに値しない。いわば、クリントン政権の末期に活動したラムズフェルドの2つの委員会が、カーター政権の末期に「脆弱性の窓」理論を説いてレーガン軍拡への道を用意した「当面の危機委員会」と同じ役割を果たし、今回の戦略見直しへの流れをつくったとも考えられる。 

 ブッシュ政権がミサイル防衛や宇宙防衛を推進しようとしているのは、少なくとも建前上、「ならず者国家」などによる予期せぬ攻撃に備えるためであるが、なぜいまこれほど強引にミサイル防衛や宇宙防衛を推進する必要があるのかは、よくわからない。反対派の立場から言えば、「ならず者国家」による予期せぬ攻撃というものは、70年代の「脆弱性の窓」や60年代の「ミサイル・ギャップ」と同じように、軍拡の「ための」議論とさえ考えられる。さらにいえば、将来の宇宙攻撃に備える防衛兵器とは、それ自体が最強の宇宙兵器となるはずである。 

 おそらく、ブッシュ政権がミサイル防衛や宇宙防衛の先端兵器開発に躍起になっているのは、その分野で技術的な優位を確立することが21世紀のアメリカの覇権につながると考えられているためである。それらの兵器開発は、21世紀の国際競争において最も重要となる分野、すなわち通信・情報処理・諜報・宇宙開発などの諸分野でアメリカの技術的優位を保つことに役立つはずだからである。また、それが通常のIT(情報技術)の開発ではなく、兵器開発という形をとっているのは、クリントンのいわゆる「ニュー・エコノミー」の限界が見え始めているためとも考えられる。つまり、今回の戦略見直しは、アメリカの経済や産業を活性化するための政策とも考えられる。 

 たとえば、ジャンボ・ジェット機で有名なボーイング社の動きは、注目に値する。ボーイングは、民間航空機の売り上げが落ち込み、その分野での将来性がないことから、宇宙産業に本格的に乗り出す方針を決定した。ラムズフェルドが宇宙防衛重視の方針を明確に打ち出したのと同じ今年5月のことである。ボーイング社は、国防省のミサイル防衛構想に関する主要な契約者でもある。同社は、ミサイル防衛構想に関するさまざまの代替案を国防省に売り込んでおり、今年4月には同省の要請に応じて2004年3月までにアラスカに5基の迎撃ミサイルを展開する計画を提出したことが明らかにされている。(朝日新聞5月24日、Washington Post, June 8) 

 アメリカの軍需産業は、今後、上院の多数派となった民主党へのロビイングも強めることであろう。ただし、上院外交委員会のバイデン新委員長、軍事委員会のレヴィン新委員長は、昨年7月の実験失敗を受けてNMD配備の先送りを決めたときの委員長であり、ロビイングが功を奏するか難しいところである。来月、予定されている迎撃実験は、失敗すればミサイル防衛構想にとって致命的な打撃となるかもしれないし、もし成功した場合には、政府=議会=軍需産業のいわゆる「鉄の三角形」の復活を促す危険もある。 
(2001/6/11) 
 


田中外相のミサイル防衛(MD)批判における外務官僚の問題

    (追記)スクープの直後、日本のメディアでは、情報をリークした側の思惑に即した報道しか
    なされていなかったので、以下の文章を記した。一週間が経過した現在では、官僚側の国
    家公務員法違反の疑いも取り沙汰されている。(2001/6/8)

 外交とは、よかれあしかれ本音と建て前を持ちながら、公式・非公式の場でそれを使い分けて進めて行くものである。しかし、いまや日本では、外相と外務官僚の確執のために、外交上の微妙な問題に対する外相の非公式な発言までもがマスコミにリークされるようになってしまった。政界やマスコミは、田中真紀子氏の外相としての「資質」を問題視しているが、外務官僚が日本外交に対する批判の種をまき散らしているのだとすれば、それこそ公務員としてあるまじき背信行為であるといわざるをえない。 

 6月1日、産経新聞は、田中真紀子外相が先月25日北京でのアジア欧州会議(ASEM)外相会合昼食会の席で、イタリアのディーニ外相に対してMD構想に疑念を表明していたことをスクープした。また、これに続くマスコミ各社の報道により、田中外相は、同日行われたドイツのフィッシャー外相との会談や28日に行われたオーストラリアのダウナー外相との会談でも同様の考えを示していたことが明るみに出た。それらの発言はすぐに国会でも取り上げられ、MDを明確に支持できないまでも「理解する」という政府公式見解を越える発言であることが問題とされた。そして、5月8日に田中外相が訪日したアーミテージ米国務副長官と会談しなかったこととあわせて、田中氏の外相としての「資質」が問われている。 

 特にオーストラリア外相への発言は、公式の会談中で行われたようであり問題がある。また、オーストラリアは、アメリカの同盟国の中で戦略的にも地政学的にもMDに関心が薄い国であり、探りを入れるだけ無駄であったとも言える。しかし、田中外相には同情すべき点があり、外務官僚には同情の余地がない。確かに形式的な見方をすれば、たとえ非公式の場であっても、政府の公式見解と異なる意見を述べることは、大臣としてふさわしい行為であるとはいえない。しかし、外交では、公式には表明できない立場を非公式の場で示すという根回しの手法が、現実問題として不可欠である。そして、田中氏はもともとMDに疑念を抱いていたのであり、小泉首相以下政府与党はこれからMD問題が本格化するという時期に、そのような考えを持つ田中氏をあえて外相に任命し、世論はその任命を支持したのである。したがって、田中外相の非公式の言動は、政府の立場とみずからの信念を可能な範囲内で両立させる苦肉の策であったと見られ、その点において同情の余地がある。田中外相としては、6月のNATO外相会議をにらんで、同じくMDに懐疑的な者が多いヨーロッパの政界に自分の見解を非公式に伝えておくべきと考えたのではないか。 

 6月2日付の朝日新聞は、田中外相発言の問題に関して「米安全保障の専門家が反発」と伝えているが、上司である大臣との確執のために情報を意図的にリークした外務官僚の責任は重大である。6月1日付の『ニューヨークタイムズ』紙やABC放送では、本件はロイターの記事に基づいて、外相と官僚の確執を首相がたしなめているという文脈で報道されている。『ワシントン・ポスト』紙は、外相が疑念を表明したことを見出しとしているが、結論部分では外務省内部の情報提供者の問題を指摘している。 

 なお、アーミテージ副長官との会談を断った件についても、はっきりとしないが田中氏にはそれなりの事情があったと考えられる。そもそも、その会談の日程は、5月1日の大統領演説で公表されたアメリカの新しい安全保障政策を、その一週間後に同盟諸国に説いて回るという、アメリカ側の一方的な都合で決められたものであった。そして、その内容はMDと集団安全保障という憲法にかかわる重大なものであり、外国の都合で急遽決められた日程で協議すべきであるかどうか、就任してまもない田中氏が悩んだのも無理はなかった。ヨーロッパ諸国の場合は、すでにMDに疑念を表明していたので、その日程でもただ話を聞いて受け流すことができた。しかし、田中外相としてははじめての折衝であるうえ、日本政府はMDに理解を示し技術協力まで行なっていただけに態度を決めることは容易でなかったと考えられるのである。 

 このような見方は主要紙ではほとんど伝えられていないが、5月10日の日経B20には、次のような報道も見られた。「モンデール元駐日大使の補佐官を務めたエドワード・リンカーン氏(ブルッキングズ研究所上級研究員)は『田中氏は米国のミサイル防衛の提案には消極的だ』と指摘。その意味で、同提案を説明するために訪日した副長官と会いたがらなかったのは『田中氏に同情すべき点はある』と述べた」。さらにいえば、田中氏は、当初会うと約束していた会談を「キャンセル」したのではなく、「調整中」と伝えたうえで会えないと伝えたにすぎないのである。 

 MDの問題は、日米関係のみならず、日本の憲法と集団安全保障、アジア地域の平和と安定にかかわる重大な問題であるが、それが人気政治家のスキャンダルのように取り扱われている状況は悲しむべきものであり、その背後に外務官僚の抵抗という姑息な問題があるとすればなお憂うべきことであるといえる。(2001/6/2) 

(関連記事:毎日新聞6月1日、朝日新聞6月2日、産經新聞6月2日など) 
 


NMDをめぐる米国の世論

 マスコミ各社の報道によって伝えられたところによると、田中外相は、アメリカの本土ミサイル防衛(NMD)はイラク、北朝鮮などの「ならず者国家」の脅威に対応するだけでなく、中国を軍事的に追いつめる政策と見ている。また、同外相は、ブッシュ大統領が保守的なアドバイザーたちの影響を受けており、地元テキサスの石油業界の利益を反映しているのではないかと考えている。そして、同外相は、アメリカ国内にもNMD反対論があるはずであり、それについて知りたいと考えている。 

 外務省の官僚がこれらの見方についてブリーフィングをしていたとは考えにくいが、私見によれば、田中外相の見方は大筋あたっているように思われる。では、田中外相が知りたがっている点、アメリカの世論は、現在どうなっているのか。

 まず、議員や科学者などのリーダーシップ・オピニオンについていえば、賛成派の議論は行政府の議論を追認しているにすぎず、反対派の議論は戦略的な妥当性・必要性に関する疑問と、技術的実現可能性と予算上の疑問とがある。特に注目されているのは後者の争点であり、中でもミサイルの落下時に迎撃する技術は困難かつ費用がかかると見られている。そこで、ブッシュ政権は、その批判をかわすために最近になってミサイルの発射時に迎撃する技術に開発の力点を移した。最近、北朝鮮(および中国)に近い日本の協力が強く求められるようになったことの背景には、そのような技術的な問題と国内世論がかかわっていたといえる。(戦略論上の問題点は説明が長くなるので割愛する。) 

 次に、一般の世論であるが、NMDに対する支持・不支持はほぼ二分されている。支持の背後にあるのは、まず、国防予算に対する抵抗が極端に薄れているということである。これは、レーガン軍拡のために世論が動員された81年を除いて、ベトナム戦争後の30年間の中でもきわめて稀な現象である。そのような背景があるので、NMDには技術的に困難がありコストがかかるという批判は、現在のアメリカ国民にはあまり強く響かないのである。第二に、NMD支持の背景には、キリスト教的な素朴な理想主義がある。ミサイルは市民に向けられた攻撃兵器であるので、市民を守る防御兵器の開発は道徳的に正しいというナイーヴな議論を、素直に受け入れている人々は意外と多いようである。第三に、アメリカがミサイルの「矛」と「盾」の両方を持って世界一の軍事大国となるべき、という軍国主義的な思想があり、それは同盟諸国とも協議するという約束とアメリカ例外主義によって見事に正当化されている。その他の支持者は、たんに支持政党の政策であるからとか、新しい雇用の創出につながるからといった類のものである。アメリカ国民にNMD支持者は、数のうえではかなり多いが、大した根拠がないだけに必ずしも確固たる強い支持ではない。 

 一方、一般世論におけるNMDの反対論は、十分に把握することが難しいが、リーダーシップ・オピニオンとはやや趣が異なる。少なくとも私が知り得た範囲では、国民の反対派は、NMDを景気と雇用のための無駄な公共事業と考えているものが多い。つまり、われわれ日本人が無駄な道路工事を批判するのと同じである。彼らは、ブッシュの政策に対して賛成であれ反対であれ難しい理屈をつけることは馬鹿馬鹿しいと感じている。すべては「カネ」の問題である。あるいは「軍産複合体」の問題といってもよい。 

 このようなアメリカ国民の見方は、日本の学者の多くが「軍産複合体」という見方をとらないこともあり、わが国にはあまり伝わっていないように思われる。しかし、日本も共同研究に手を貸している以上、一度そのような視点で考えてみる必要があるのではないか。NMDはアメリカの軍需産業に莫大な利益をもたらし、宇宙開発・情報処理・通信技術などの関連分野でアメリカの技術的優位が確保される。はたして、日本もその恩恵に浴することができるのか? 都合よく協力させられるだけでないか? アメリカ政府はお人好しの集まりか? 日本政府は十分にしたたかか?   

 現在、アメリカ国民の多くは、教育や社会保障の問題にいっそうの関心を寄せており、その点で共和党政府よりも上院の多数派となった民主党の支持に回る可能性がある。そして、民主党のNMD反対派がまもなく上院の外交委員会や軍事委員会の委員長につく予定である。今後、日本政府が注目すべきは、共和党政府と議会民主党の勢力バランスであり、国民世論の動向である。今後、田中外相が民主党議員と会談する機会を持つとして、外務官僚はまたリークするのであろうか? 
(2001/6/2) 
 


《2001年5月》
大型減税法案、議会を通過

 米議会は26日、10年間で1兆3500億ドルにのぼる大型減税法案を通過させた。これは、大統領の提案――10年間で1兆6000億ドルの減税――にほぼそった内容であり、少なくとも現時点ではブッシュ共和党の大勝利と言っても過言ではない。ブッシュが目指していた遺産税の廃止も10年度に実現される見通しである。大統領の減税案に対しては、さきに下院が丸飲み、上院が下方修正後可決していたが、今回、両院協議会で妥協が図られた。所得税の最高税率を現行の39.6パーセントから大統領案が予定した33パーセントではなく、35パーセントにとどめるなど、金持ち優遇との批判に配慮したり、景気対策として戻し減税方式を採用したことから、民主党の一部穏健派も賛成に回った。 

  しかし、ブッシュ大統領と共和党にとって、これが最終的に吉と出るか、凶と出るかはまだ分からない。というのは、そもそも国民はこの減税法案を必ずしも強く支持していたわけではなかった。そして、ジェフォーズ議員の離党事件などの影響もあって、同法案の保守的な意味合いはますます注目されるようになっている。同法案は10年後の計画完成時に、最も富裕な1パーセントの国民が減税総額の37パーセントを免除され、貧しい方から数えて60パーセントの国民は全体の15パーセントの恩恵しか受けられない点で、金持ち優遇であるとの批判から免れない。 

 これに対して、ブッシュ大統領は、今回の減税が停滞気味のアメリカ経済にとってよい景気刺激策となることを強調し、そのような批判をかわそうとしている。しかし、問題は、中道派・無党派層の国民がどう反応するかである。今回の勝利は共和党保守派の大勝利であっただけに、中道派・無党派層は、むしろブッシュ大統領と共和党への不信を深めることになるかもしれない。そして、もし本当にそうなった場合には、今回の勝利は、2002年議会選挙での共和党の敗北につながる可能性もないとはいえない。 

 ブッシュ大統領はまもなく、議会の減税法案に署名する見通しである。(5月28日) 

  (追記)6月7日、ブッシュ大統領が減税法案に署名。同立法には戻し減税が 
  含まれることから、オニール財務長官はこれによって景気が浮揚するとの見 
  通しを示した。(6月8日) 

(関連記事:毎日新聞5月25日、New York Times, May 26 and 27)
 


野党民主党が上院の多数派に――共和党議員の離党

 5月24日、共和党のジェフォーズ上院議員(バーモント州選出)は、ブッシュ共和党政権が進める保守的な政策への不満から、減税法案の成立後に離党して無所属になる決意を表明した。これによって、アメリカ上院の勢力図は共和党優位から民主党優位へと大きく変わることとなり、ブッシュ政権はこれまで以上に議会対策に注意を払うことが必要な状況が出てきた。 

 議院内閣制をとらないアメリカでは、政権与党と議会の多数党は必ずしも一致しない。というよりもむしろ、この20年間はそれが一致しない状態、すなわち「分割政府」が常態であり、そのことがクリントン前大統領の政権運営を難しくしていた大きな原因でもあった。しかし、2000年選挙では、大統領選挙と議会選挙でともに共和党が勝利を収めた。上院では、民主党・共和党とも50議席を獲得したが、議長を副大統領が務めるため、共和党が優位であり、下院でも、共和党が過半数(民主党212議席、共和党221議席)を維持した。このような議会の状況は、ブッシュ政権が保守的な政策を推し進める絶好の機会を提供するものであったといえる。 

 しかし、ジェフォーズ議員の離党によって、上院では野党民主党が多数を占めることが確定的となったのである。同議員は、そのことを十分に考慮した上で、あえて古巣の共和党を離れる決意をした。この問題がブッシュ政権に与えた衝撃は大きく、ある政府高官は、AP通信に対して「ホワイトハウスは沈痛で、まるで葬式のような雰囲気だ」と語ったという。 

 ジェフォーズ議員が不満としたのは、ブッシュ政権と同政権成立後の共和党があまりにも右傾化したと感じられたためである。具体的には、保守派のアッシュクロフト氏を司法長官に任命したこと、大型減税法案と予算案における教育支出の少なさ、ミサイル防衛構想の強力な推進、原発推進のエネルギー政策と環境問題への配慮の欠如、などである。ブッシュ政権は、これら一連の保守的な政策をこの4カ月の間に推進してきたが、ジェフォーズ氏は、このような流れに歯止めをかける必要を感じたのであろう。ジェフォーズ氏は、「私の判断は正しいと確信している」と述べている。 

 ブッシュ政権の政策は、その内容が右寄りに傾きすぎているという批判のほかに、議会との相談が十分でないとの批判もあった。また、『ニューヨークタイムズ』紙が、政権発足「100日間」の特集記事において、政権の内部で大統領が実際にリーダーシップを発揮しているのか、それとも大統領は側近の強い影響下に置かれているのか判断できないと評論したことからもうかがえるように、これまでのブッシュ政権の意思決定過程は、どちらかといえば秘密主義的であったといえる。今回の共和党議員の離党によって、ブッシュ政権は、その政策の内容とともに、それを実現させるプロセスについても見直しを迫られることになるのではないか。(5月27日) 

  (追記)6月5日、ジェフォーズ上院議員が共和党から正式に離党し、史上初めて 
  選挙によらず上院の多数派が入れ替わった。6日以降、ダシュル民主党院内総 
  務が議会運営の中心を担い、各種委員会の委員長もすべて民主党議員が務め 
  る。なお、双方とも当事者は否定しているものの、共和党にはマケイン議員が離 
  党するとの噂があり、民主党はトリセリ議員が違法献金疑惑を抱えている。 
  (6月8日) 

(関連記事:朝日新聞5月23日、毎日新聞5月25日、ジェフォーズ議員の声明文) 
 


安全保障政策に関する大統領演説を読む(仮)

 5月1日、ブッシュ大統領は、国防大学で演説を行い、安全保障政策の指針を表明した。演説の骨子は、次のとおりである。 

  (1)冷戦期の平和は米ソの相互確証破壊によって守られたが、ポスト冷戦期の脅 
  威は「ならず者国家」によってもたらされるものであること。 
  (2)「ならず者国家」によってもたらされる予見しがたい脅威に対抗するという観点 
  から言えば、相互確証破壊のためのABM条約は役に立たないものであり、ミサ 
  イル防衛(MD)システムの開発が必要であること。 
  (3)その一方で、核兵器の削減を推し進め、ロシアとも協力して行くこと。 

 演説の内容の新鮮さという観点から言えば、これらの政策は、ブッシュ政権がおそらくとるであろうと当初から予測されていた範囲を出るものではないが、ABM条約が不必要であることを大統領が正式に言明した点が注目に値する。 

 多くの専門家は、MDには技術的な困難が大きいことを指摘しており、かりに実現されるとしても実際の配備が完了するまでには多年を要するであろう。しかし、ブッシュ政権は、専門家の反対意見や世界の国々の批判を省みず、MDを推し進めることにきわめて熱心である。では、なぜブッシュ政権はそこまでMDに熱心なのであろうか。 

 アメリカが文字通り「ならず者国家」の予見しがたい脅威におののいているとは思えない。したがって、MDはむしろ政治的な兵器だと考えた方が理屈が通る。ただし、その政治的な意図が何かと問えば、これは、ブッシュ政権の世界戦略、もしくは大戦略(grand strategy)とかかわることであり、話はいくぶんややこしくなる。 

 MDの政治的な意図は、いくら議論したところで、憶測の域を出ない問題であるが、ひとつのありうる解釈は中国に対して強い立場に立つことであるといえる。戦略論的に見て、中国はMDによってもっとも戦力を無力化されかねない国であり、それだけに最も強くMDに反発してきた。このままブッシュ政権がMD推進を国の内外に説いて回れば――今週、日本にはアーミテージ国務副長官が来る予定である――中国は孤立化するおそれがあり、おそらくはMDを突破するための新たな軍拡に着手するであろう。 

 問題は、MDが政治的な兵器である場合、アメリカはそのような中国の反発――新たな軍拡の危険――を承知の上で、国際政治の《ゲーム》を進めているということである。そのゲームは、一見すると冷戦期とは違うゲームに映るかもしれないが、実際にはそうではない。というのは、ゴールは従来と同じく、アメリカ的な価値と制度――自由主義・民主主義・個人主義――を世界に広げることにあるからである。 

 いまのところ日本は、アメリカに慎重な行動を求めてはいるものの、それとは裏腹にMDの開発を共同で推し進めている。アメリカは、アジアの安全保障のために日本に応分の負担を求めているが、実際には、アメリカのゲームのために負担を強いられているという側面もないとはいえない。 

 ブッシュ政権は、中国を「敵」ではないまでもパートナーではなく、「戦略的競争相手(strategic competitor)と位置づけている。しかし、アメリカがいったいどのようなやり方で、どこまでの競争を行う決意であるのかは分からない。MDが「ならず者」の脅威を低減することに期待をかけながら、外交カードとして何らかの形で中国との競争に役立てる狙いであるのかもしれないし、対中強硬派の中には、中国に軍拡を強いて数十年がかりで国力を消耗させ、共産党政権の基盤を揺るがそうというところまで考えている者もあるかもしれない。 

 あくまで憶測の域を出ない話ではあるが、MD開発の具体的な狙いや期待の程度については、実際には政権内部にも一致は存在しないのかもしれない。MDの前進であるレーガンのSDIが、超理想主義的(空想的)な戦略論と現実主義的な外交戦術の分かちがたい混合物であったように、MDにもそういう部分があるように思われる。それでも、ブッシュ政権には、MDを推進するという方向性については、十分なコンセンサスがあるのである。 

 今後、日本としてMDの開発に関してどのような態度をとるべきかは、アメリカの大戦略ではなく、日本の国家としての基本方針に照らして考えるべき問題である。もちろん、MDの推進が結果としてどのような事態を招来するかについても熟考を要する。ここでは長く触れる余裕がないが、とにかくMDシステムを搭載したアメリカのイージス艦が日本の近海を航行するようになる。アメリカが中国のロケットを空中で打ち落とせるとすれば、地上の目標もすべて破壊できるはずであり、中国はその脆弱性の意識を克服すべく間違いなく軍拡を進めているであろう。そして、東アジアの有事の際は、日本への連絡なしに――というよりも、ミサイルがブースト段階にある数分間で迎撃するという性格上、アメリカ政府にさえ連絡している暇はない――センサーの判断で迎撃ミサイルが発射される。センサーは誤作動するかもしれないし、センサーを惑わせるために中国が配備したダミーの事故や誤作動に反応するおそれもある。要は、それがわれわれ日本人の望む21世紀の東アジアであるのか、ということである。 

 日本の防衛庁は、日米のMD共同開発は「軍拡競争を引き起こしたり、地域の平和と安定に悪影響を与えるものではありません」と断言しているが、果たしてそう言い切れるであろうか。MDの問題は、集団安全保障と改憲論の問題に劣らず、21世紀の日本にとって重要な問題であり、より活発な議論が必要であるように思われる。 
  
(※なお、このページはそもそも個人的なメモがわりだが、この項目は、後日ここまたは他の場所で整理して議論し直すかもしれないので見出しに(仮)とつけた。) 
(2001/5/6) 

(関連記事:大統領演説の原文。朝日新聞5月2日。防衛庁の広報(pdf)、ほか) 
 


アメリカ国立公文書館の入館手続きが変更

 5月1日、アメリカ国立公文書館の入館手続きが変更された。これは、ペンシルヴァニア・アベニューに面した研究者用入り口に関することであり、一般の観光客には関係がない。変更点は次の二点である。 

 第一に、来館者は、磁力計とX線を使った「空港スタイル」のセキュリティー・チェックを受けることになる。これは主に火器の所持を取り締まるためだが、ドキュメントの管理上、防犯スプレーも取り締まりの対象となっている。来館者は、このチェックを受けた後にIDカード(入館証)を手渡される。 

 第二の変更点は、IDカードが新しくなったことである。新しいIDカードは、次のように3種類に分類される。(1)マイクロフィルムの閲覧者には緑色のIDカードが渡され、(2)テキストの閲覧者はオレンジ色の金属ディスクを衣服に身につける。(3)ビジネスなどその他の訪問客は、赤い色のIDカードが渡される。IDカードは退出時にロビーの警備デスクに返却する。 

 このように文章だけを読んでみると警備が物々しいようにも感じられるが、おそらく入り口の警備員は陽気に出迎えてくれるであろう。アメリカの国立公文書館は外国人にも開放されており、利用に際して紹介状等を要求されることもない。職員は概して親切である。ただし、公文書館は、研究をスムーズに進めてもらうために、電話や手紙、電子メールなどで事前に相談をするよう研究者たちに求めている。 

 公文書館へのアクセスや館内での調査の進め方については、公文書館のホームページに詳しい記述がある。http://www.nara.gov/research/
(2001/5/1) 


《2001年4月》
ブッシュ大統領の「100日間」

 ブッシュ大統領は、4月29日で政権発足から100日目を迎えた。アメリカでは、新政権の発足から「100日間」は行政府と議会の「蜜月期」と言われ、その間に何ができたかによって大統領の初期の仕事ぶりを評価し、今後の政治を占うことがしばしば行なわれている。ここでその習わしをまねてみたい。 

 4月22日に『ワシントンポスト』紙が行った世論調査によれば、ブッシュ大統領の支持率は63パーセントという、かなり高い水準にある。この数字は、彼がキリスト教右翼に代表される保守勢力とともに、中道派からもかなりの支持を集めた結果といえそうである。しかし、大統領の支持率は、必ずしも政権の支持基盤が広範かつ安定したものであることの証であるとはいえない。大統領の支持率が浮き沈みの激しいものであることは、湾岸戦争当時の父親の経験から、ブッシュ自身もよく承知していることでもある。 

 ブッシュ政権はこれまで、国益重視の姿勢を明確に打ち出してきた。アメリカ経済が現在不況に向かっているかどうかは意見の分かれるところであるが、昨年後半の経済が低成長にとどまった事実はよく知られており、アメリカ経済の強さを維持することは、9割以上の国民が現在の政治の優先事項と考えていることでもある。ただし、ブッシュ政権の政策の中心は、経済を活性化するために大幅な減税を導入することにあるのだが、世論調査によれば、これは必ずしも国民の熱烈な支持を集めているともいえない。ブッシュの減税案を支持する国民は54パーセントと意外に少なく、国民の4割は減税案に反対しているのである(*)。アメリカ国民の多くは、ブッシュ大統領の関心は一般国民よりも大企業に向けられており、その減税案は下層・中間層よりも富裕層を益するものであると感じている。 
   (*)ただし、同時期のギャラップの調査では、支持56%、不支持35%。 

 それでは、アメリカ国民の関心は現在どのような問題に向けられており、ブッシュ大統領のどのような政策が支持されているのであろうか。世論調査によれば、アメリカ国民の多くは、減税よりも健康保険や教育改革問題にいっそう強い関心を寄せている。そして国民の6割は、教育改革の問題に取り組むブッシュの姿勢を支持している。ただし、教育改革の問題は、ブッシュがすでに実績をあげた分野ではなく、まだこれからの問題であり、現在は、議会の民主党が大統領の提案を厳しく批判している最中である。また、現在、アメリカ国民の多くは、政府の規模を小さくするよりも必要な行政サービスを提供することの方を重視しており、大統領がそれとは逆の考えであることに不安を感じてもいる。国民は、そのような状況の中で、大統領への支持を強めているのである。 

 こうしてみると、ブッシュの支持率の高さは、彼が内政面であげた実績に基づくものであるというよりも、外交面での実績――国民はここに一番不安を感じていたが、ブッシュは米中航空機衝突事件という最初の試練を無事に乗り切った――や、彼の人柄や、さらには今後への期待を含めた数字と考えるべきであるように思われる。世論調査によれば国民の64パーセントは彼の人柄に好意を寄せている。これはクリントン前大統領と比べて20ポイント以上も開きのある、かなり高い数字であるといえる。また、国民の68パーセントは、ブッシュが将来的に何かのビジョンを持つであろうという期待を抱いている。これらの数字は、ブッシュ大統領の支持率とほぼ合致している。 

 しかし、ブッシュ大統領の前途が本当に有望であるかどうかは、まだわからない。というのも、現在の議会はなお共和党が有利であるものの、アメリカが抱えている医療・社会保障、教育等の主要問題を解決するには、実は共和党よりも民主党の方が適していると考える国民が相対的に多いからである。そこで、大統領としては、彼自身の支持率の高さにあぐらをかいていられないわけだが、これまでブッシュ大統領は、議会の野党対策に関してほとんどチェイニー副大統領に頼りきりであり、彼自身は民主党の領袖から信頼される人物と認められていない。たとえば、最近、民主党指導者のゲッパート下院議員は、大統領が民主党議員に相談しようともしないことに怒りを募らせ、そのような態度を厳しく批判している。 

 ブッシュ大統領は、最初の「100日間」を無難に過ごすことができた。しかし、内政面で言えばその間に彼が通すことのできた法案はむしろ少数であったし、外交面で言えば京都議定書の不支持という問題もあって海外での評判は必ずしもよくない(*)。ブッシュ政権の正念場はこれからといえそうである。 

 (*)ギャラップ社が4月5日から12日にイギリスで行った調査によれば、ブッシュ支持 
 はわずか25%、不支持は42%であった。(2001/5/1) 

  (関連記事:毎日新聞4月26日、読売新聞4月27日、東京新聞4月28日、New York
  Times, April 28 and 30、Washington Post, April 25 and 29、Gallup.com


米上院、大型減税案を可決

 4月6日、米上院は、10年間で総額1兆2千億ドル(約160兆円)にのぼる大型減税案を盛り込んだ予算決議案を賛成多数で可決した。下院はすでに、ブッシュ大統領が提案していた1兆6千億ドルの減税案を可決しており、実際の減税額は両者の中間となるが、いずれにせよ1981年以来20年ぶりの大型減税が導入されることとなる。 

 共和党50、民主党50と勢力の拮抗する上院では、ブッシュ大統領が提案する減税案をめぐって、与野党の激しい攻防が繰り広げられていたが、両党の中道派連合による4千億ドルの減額案で妥協が成立した。この妥協案によって、50人中15人の民主党議員が減税案の支持に回ったのである。 

 ブッシュ大統領は減税案の成立に向けて全国を遊説し、チェイニー副大統領は議会内で多数派工作を進めていたが、彼らを後押ししたのはアメリカ経済の景気の悪化であった。ブッシュ大統領の減税構想は、現在5段階の所得税率を4段階に簡素化し、最高税率と最低税率をともに引き下げるとともに、相続税(遺産税)を段階的に廃止することを骨子としている。 

 ブッシュ大統領は上院の決議を歓迎している。今回の減税案はすべての所得階層に減税効果のあるものであり、ブッシュ大統領は3年後の再選に向けて点数を稼ぐことができた。しかし、今回の決議は、単純にブッシュ大統領の勝利であるとばかりはいえない。大型減税であることに変わりないとはいえ、減税額が当初の提案の4分の3に止められたことは、議会が政府に対するチェックを働かせた結果である。 

 今後、民主党は、減税案への支持と引き換えに、政府の債務削減に対する努力や教育予算の増額などを求めるとみられる。また、減税の規模が縮小されたことにより、ブッシュ大統領が目指す相続税(遺産税)の廃止についても、どこまで進めることができるか予断を許さない。ブッシュ政権は一定の勝利を手に入れたものの、今後はこれまで以上に議会、特に野党民主党議員との協力関係に配慮せざるを得ないであろう。 
  (2001/4/7) 

  (関連記事:読売新聞4月7日、New York Times, April 7, 2001) 


米原潜、通報なしに佐世保に入港

 4月2日、米海軍の原潜が日米の取り決めに反し、佐世保に通告なく入港した。朝日新聞(3日)の報道によれば、事前通報は1964年に取り決められたが、米軍がこれに違反したのは初めてであり、日本外務省は、米大使館に対して遺憾の意を表し、原因についても問いただす方針であるという。 

 この出来事に関して、個人的に最も気になるのは、日本のメディアや国民の反応がことのほか鈍いことである。たしかに、今回の出来事は、「えひめ丸」事件や婦女暴行のように、日本の民間人に直接の被害を与えた事例ではない。しかし、この問題は、日米の同盟関係や日本の主権という問題といっそう強く結びついている。 

 もし日本ではこのような出来事が世論の反発もなくまかり通るということを米軍が学ぶとしたら、アメリカ政府及び米軍の今後の行動様式にも影響がないとはいえないであろう。 
  (2001/4/4) 

(関連記事:時事通信の記事(関連ニュースへのリンク付き)Yahoo!ニュース 「米軍動向」特集rimpeace 「追跡!在日米軍」内の佐世保基地のページ) 


《2001年3月》
ブッシュ政権、京都議定書への不支持を表明

 3月28日、ホワイトハウスのフライシャー報道官は記者会見で、地球温暖化防止のための京都議定書について「大統領は支持していない」と不支持を正式表明した。ブッシュ大統領は、選挙戦の途中から環境保護派の批判をかわすために温暖化問題に積極的な態度を示すようになったが、もともとブッシュが民主党候補のゴアほど環境問題に熱心でなかったことはよく知られており、西欧諸国や環境保護派の警戒感が的中した形となった。 

 京都議定書については、アメリカ経済に悪影響を及ぼすなどの理由で当初から議会内に強い反発があった。たしかに、議定書の発効は経済に悪影響を及ぼすであろう。しかし、そのトレードオフ関係を前に、経済を優先させると言ってしまえば環境問題は解決されない。だが、ブッシュ政権にはその常識は通用しなかった。国務省のバウチャー報道官は、「議定書の署名撤回で動いているわけではない」と釈明し、「気候変動問題に対し、市場原理に基づく技術的で創造的な道を探っている」と付言した。しかし、もしその方法で二酸化炭素を規制の水準以下に抑えられるならば、なぜアメリカは議定書に同意できないのか。少なくとも現時点では、「市場原理に基づく技術的で創造的な道」があるなどとは到底思えない。(もちろん、代替エネルギーの研究開発は、CO2の規制と並行して進められるし、進められるべきである。) 

 この時期ブッシュ大統領が議定書に対する不支持を決意した直接のきっかけは、アメリカの景気が後退する中で、火力発電所のCO2を規制すれば電力料金の上昇を招き、経済に悪影響を及ぼすことが懸念されたためと見られている。しかし、京都議定書に限らず、環境問題全般についていえば、ブッシュ政権の方針は政権の発足当初から明らかであった。ブッシュが環境保護のための規制に反対することを予想していたクリントン前大統領は、政権の末期に環境関連の多数の大統領命令を下していた。そして、ブッシュが就任後真っ先に着手した仕事は、前政権が下した環境関連の大統領命令を差し止めることであったのである。 

 ブッシュが議定書に反対したことには、たしかに経済優先・国益優先という考え方がある。ただし、その根底に、自由主義イデオロギーに対する執着があることは否めない。レーガン大統領がそうであったように、いかに地球環境のためとはいえ自由主義のイデオロギーに反する規制という考え方自体に嫌悪感があるのである。 

 自由主義者は基本的に、競争に勝利し、先を行くものが社会をよい方向に牽引するという前提に立っている。しかし、環境問題は、競争に勝利し、先を行くものが社会を悪い方向に牽引するという構造を持っている。したがって、核兵器の問題と同様に、先を行くものが自ら進んで譲歩しないかぎり解決の道は見えてこない。しかし、自由主義というイデオロギーにアイデンティティーを求める者――そして、そうすることをみずから国民に促しているアメリカの政治家――には、そのような発想をとることが特に難しいようである。 

 なお、野党民主党は、ブッシュ共和党政権への批判を強め、欧州連合(EU)は、議定書を堅持することを確認している。 
 

(関連記事:WIRED 2001年1月25日、朝日新聞3月29日・30日・4月1日、Yahoo!ニュース「地球温暖化」特集Environment News Service の京都議定書関連記事リストはこちらから) 
 


《2001年2月》
ブッシュ政権、国防政策の包括的な見直しへ――核軍備の削減に積極姿勢

 2月9日、ブッシュ大統領は、核戦力を大幅に削減する方向で、国防政策の全面的な見直し作業を開始することを発表した。場合によっては、交渉中の第3次戦略兵器削減条約(STARTV)よりも低い水準まで核弾頭の一方的削減に踏み切る用意があるという。ブッシュ政権の思惑は必要以上に高い水準にある攻撃兵器の削減を提案することによって、NMDという防衛兵器をめぐる国際的な非難をかわすことにあると考えられる。 

 しかし、問題は、防衛兵器も兵器であることにかわりはない、という事実である。戦略とは、相手国の防衛を崩すように練られるものであり、アメリカが防衛兵器の開発を進めれば、相手国は必然的にそれを突破する技術を考案しようと努力する。このようにして始められる攻撃兵器と防衛兵器の「いたちごっこ」は、新たな軍拡を誘発しかねない。このことは、ごく近い将来の問題としては意識されない問題であるかもしれないが、われわれには、それが21世紀型の、新しい、より複雑な軍拡競争として現実のものとならないようにするという、次の世代への重大な責務がある。もしそのような軍拡競争に陥ることになれば、軍備管理が現在よりも格段に困難なものとなることは明らかである。アメリカが本当に一方的な核兵器の大幅削減に踏み切った場合には評価したいが、NMDの問題はそれとは別に議論されねばならないであろう。 

 なお、ブッシュ政権による国防政策の見直し作業のレールを敷いたのは、全米公共政策研究所の報告書と見られており、『朝日新聞』(3月26日)にその概要が紹介されている。 

(関連記事:毎日新聞、2001年2月10日) 
 


ブッシュ政権のNMD(本土ミサイル防衛)推進と欧州諸国の反発

 昨年(2000年)クリントン政権はNMD問題を次期政権の判断に委ねるという態度を示していたが、共和党のブッシュが勝利したことにより、NMDの積極推進路線が事実上確定した。1月26日、ブッシュ大統領は、新政権が掲げる国防政策の「三つの目標」を公表した。米軍の装備や待遇の改善を通じた信頼性の向上、先進的技術を導入した「未来の軍隊」の形成、ミサイルや生物・化学・核兵器の脅威からアメリカと同盟国を守る防衛網の形成、すなわちNMDである。 

 NMDは、1980年代にレーガン政権が推進したSDI(戦略防衛構想)の延長線上にあるもので、ブッシュ新政権には、その当時の政府・国防関係者が含まれている。ラムズフェルド国防長官は、フォード政権で国防長官を務めた後、レーガン政権でも国防関連の顧問を務めた経歴がある。その後、ラムズフェルドは、98年から99年にかけて「弾道ミサイルの脅威に関する委員会」の委員長を務め、ミサイル攻撃に対するアメリカの脆弱性について報告書をまとめた。ブッシュ大統領が彼を任命したのは、一つにはその仕事が評価されたためである。今回の任命前、1月に行われた上院の公聴会でも、ラムズフェルドはNMD積極推進の立場を明確に打ち出していた。 

 ラムズフェルドは、初の外遊としてミュンヘン国防政策国際会議に参加するため、2月3日に現地入りした。この会議におけるアメリカの目的は、一つにはロシアや中国が反対するNMDへの理解を同盟諸国に求めることにあった。しかし、ドイツやフランスは、以前からNMDに批判的もしくは慎重な態度を示しており、欧州諸国の賛同は得られなかった。結果、ミュンヘン国防会議は、NMD問題に対する米欧の認識の違いを確認する場となったのである。 

 冷戦時代の抑止理論によれば、ミサイル防衛は相互確証破壊に基づく戦略的安定性を揺るがすものであるが、ブッシュ政権は、ポスト冷戦期における脅威、すなわちテロ集団・テロ国家による核の脅威に対処する上で、NMDを有用なものと見なしている。しかし、欧州諸国は、アメリカのNMD配備が新たな軍拡競争を誘発することを懸念している。ブッシュ政権は、NMDがアメリカ本国のみならず同盟国をもカバーするものであることを強調しているが、欧州諸国は日本ほどアメリカの「核の傘」をあてにしていないし、「盾」もあてにしていない。 

(関連記事:ロイター2001年1月12日、毎日新聞1月27日、2月4日、Yahoo!ニュース「ミサイル防衛構想」特集。Arms Control association によるNDM関連リンクはこちらから。英文) 
 


アメリカの景気後退

 ブッシュ大統領は、就任以前から景気の問題について「比較的に悲観的な見方」を示していたが、新政権発足後の1月31日、アメリカ商務省は、2000年第4四半期の国内総生産(GDP)が成長率1.4%にとどまったことを発表し、アメリカの景気減退が実際に加速していることが明らかにされた。この1995年以来最低となったこの数字は、発足したばかりのブッシュ政権の外交に一定の影響を及ぼすと予想される。ブッシュ政権が国益重視の立場をとることは政権の発足以前から公言されていたが、注目されるのは、それが一方的な制裁等を含む「単独行動主義」につながるか否かという点である。 

(関連記事:ロイター2001年1月12日、産経新聞2月1日、商務省の最終報告はこちらから。英文) 
 


《2001年1月》
ブッシュ新大統領の就任演説を読む

 1月20日、ワシントンで第43代アメリカ合衆国ジョージ・W・ブッシュの就任演説が行われた。2000年選挙が波乱含みの、僅差の投票となったこともあり、この演説は、ブッシュ氏の目指す「思いやり」のある保守主義を説明する以上に、アメリカ国民の「結束」を呼びかけるものとなった。 

 アメリカという「人工国家」において、国民的統合のために必然的に繰り返されてきた手法として、ブッシュ大統領は、アメリカ建国の理念とそれを追求してきた国民の共通の経験を強調した。ブッシュの演説によれば、「自由という大義を主導する国は、わが国をおいて他にいない」のであり、アメリカの歴史とはその「壮大で不朽な理想によって世代を超えて結束してきた、欠点もあれば過ちも犯す国民の物語」である。 

 ところが、現在では、「国民の多くが繁栄を享受している一方で、アメリカの希望、そして正義についてすら疑問を抱く人もいる」。「われわれは、このような状況を受け入れることはできない。また、許すこともできない。わが国の結束と融合は、あらゆる世代にわたって、指導者そして国民が担う重要な任務である。私は、正義と機会のある、1つの国にまとめあげるために努力していくことを、ここに厳粛に誓う」と演説は続いている。 

 この理念による統一の呼びかけは、国内においては理想を共にする同胞への「思いやり」にもつながっていく。「われわれは、無知と無関心がさらに多くの若い命を奪う前に、力を合わせてアメリカの学校を再生させる。社会保障制度と老人医療保険制度の改革を行い、われわれが防ぐことのできる苦難から子どもたちを守る」。ただし、ブッシュ氏が「思いやり」を主張するのは、あくまでも保守主義を基調とする前提があってのことであり、また、「思いやり」が必要なのは共和党の支持者の高齢化が進んでいるためでもある。ブッシュ氏は、それら福祉の向上の呼びかけに続けて、「そして、減税によって、わが国の経済の勢いを取り戻し、働く国民の努力と企業心に報いる」と述べて、保守主義者の基本的要求に応えている。福祉にあてることのできる税収を減らしながら、どのように福祉を向上させることができるのか、新政権の手腕が注目されるところである。 

 一方、アメリカがイデオロギーによって国内を統合しようとするとき、外交面ではその代償として対決や分裂の危機に直面するというリスクを負うことになる。あえてブッシュの言葉を借りて説明すれば、「壮大で不朽な理想によって」「結束」しようするがゆえに、アメリカは異なる考えを持つ外国との関係において「過ちも犯す」のである。国際社会にただ一つの「正義」などありえるはずもないのに、もしブッシュの議論を国際社会にも適用しようとするならば、アメリカの「正義についてすら疑問を抱く」国を「受け入れることはできない。また、許すこともできない」ということになりかねない。 

 実際、ブッシュの演説では、外交政策に関する新政権の基本姿勢が次のように述べられている。「自由に敵対し、わが国に敵対する者は、次のことを忘れてはならない。アメリカは引き続き、歴史に基づき、また自らの選択によって、世界に関与し、自由を促進するような力の均衡を形成していく。われわれは、同盟国を守り、アメリカの国益を守る。傲慢になることなく、決意を示していく。侵略や悪意に対しては、決意と力をもって対処する。そして、すべての国家に対して、わが国の建国以来の価値観を主張していく」。アメリカが本当に「傲慢になることなく」、善悪二元論的に硬直した外交に陥らないことをぜひとも期待したいところである。 

 安全保障政策については、ブッシュ大統領は、「弱さが挑戦を招くことのないよう、挑戦を凌駕する国防力を構築する。新たな世紀が新たな恐怖にさらされることのないよう、大量破壊兵器と対決する」と述べている。ここで注意すべきは、これは、アメリカが諸外国と協調しながら自国の膨大な核兵器を廃棄する決意であるという意味ではなく、国際軍縮条約よりもむしろアメリカの防衛兵器の増強によって、外国の保有する「大量破壊兵器と対決する」という意味にとれることである。アメリカが自国に従わない国家を「ならず者」呼ばわりし、軍事力にものをいわせようとするとき、紛争の解決よりも火種が生まれかねないことが懸念される。 

 ブッシュ大統領は、「アメリカ国民は寛大で、強く、礼儀正しい。 それは、われわれが自らを信じるからではなく、われわれ自身を超越する信念を持っているからである」と述べている。「このような市民精神が欠如している場合には、どのような政府の計画もその穴を埋めることはできない。このような市民精神があれば、いかなる悪もそれに刃向かうことはできない」と。ここで説かれているのは、自由主義への確信であり、外国人である私の目から見れば、半ば絶対化された《アメリカニズム》である。 

 21世紀前半、技術の進歩に従ってグローバリズムが不可避的に進行する中で、また異なる文化、価値観、利益の衝突が不可避的に増大する中で、18世紀の建国の理念に基礎を置くアメリカニズムは、現実の国際政治にどのような影響を与えるのであろうか。国民の結束を呼びかける明るい演説の中に感じた私の何か不穏な出来事の予感が、現実のものとならないことを願いたい。 

(関連記事:ブッシュ大統領就任演説=原文翻訳Yahoo!ニュース「米国政府」

※関連記事については、web上と紙面との間で日付のズレが出てくる場合があります。更新は不定期です。
 文章の無断転載を禁じます。 もし投稿があれば、内容がふさわしいか判断した上で記名で掲載します。

 
HOME