国際政治・アメリカ研究


 


「パット・ブキャナン『西洋の死』とトランプ主義の起源

――文化戦争とパレオコンの思想」


西岡 達裕


(桜美林大学大学院国際学研究科『国際学研究』第10号、2020年3月)


全文公開中=桜美 林大学学術機関リポジトリのリンク先<http://id.nii.ac.jp/1598/00002010/>


"The Death of the West : Pat Buchanan and the Origins of Trumpism,"

NISHIOKA, Tatsuhiro

Graduate School of International Studies,
J. F. Oberlin University,

International Studies, No. 10 (March 2020)



キーワード:パット・ブキャナン、旧保守主義、トランプ、反移民、ポリティカル・コレクトネス、
       文化マルクス主義、白人国家主義、アメリカ・ファースト


 はじめに

 2016年大統領選挙の最中、「トランプは好機に恵まれたパット・
ブキャナンだ」という記事がアメリカの政治専門誌に掲載された。
冷戦の終結後、ブキャナン(Patrick J. Buchanan)は現職のブッシュ
大統領のグローバル化路線に対抗して「アメリカ・ファースト」を
掲げて、1992年大統領選の共和党予備選挙に挑んで敗れ去ったが、
トランプは四半世紀後に同じスローガンを掲げて見事指名を勝ち取
ることに成功したからである。

 ブキャナンは政治思想の面でパレオコン(paleoconservatism、旧
保守主義)(註3)に分類されるコラムニスト、政治家、著述家、政治コメ
ンテーター、テレビキャスターである。彼はアメリカ社会と西洋の
伝統を重視する保守主義者として、キリスト教徒である白人を中心
に築かれてきた西洋文明が大きく変容し、存続の危機にあると訴え
てきた。そのような彼の立場からすれば、多文化主義をふりかざす
リベラルも、グローバル化を強行するネオコン(新保守主義)も、
西洋文明の変容を促進し、西洋を「死」に至らしめる敵にほかなら
ない。

 この小論は、トランプ主義の源流を訪ねるという観点から、2002
年に刊行された彼の著作『西洋の死――人口減少と移民はどのよう
に我々の国と文明を危険にさらすか』を中心にブキャナンの思想を
とりあげる。ブキャナンは同書の刊行前、そこに示された危機感を
背景として、自ら1992年、1996年、2000年の大統領選挙に出馬し、
トランプと同じように反移民や保護主義など反グローバリズムの政
策を唱道してきた。そこで、アメリカ保守思想史の代表的な研究者
ナッシュ(George H. Nash)は、トランプ主義の原型を1990年代の
ブキャナンとペロー(Ross Perot)の選挙戦に求めている。

 トランプとブキャナンの間には、2000年大統領選挙で改革党の
候補者指名を争ったという因縁がある。そのときトランプは彼のこ
とを「ヒトラー崇拝者」であり、ユダヤ人、黒人、同性愛者に対す
る差別主義者であると非難し、「こんなやつを抱擁できる人がいる
としたら、まったく信じがたいことだ」と、これ以上ない侮蔑的な
言葉を使って罵倒した。そのトランプが2016年選挙では「アメリ
カ・ファースト」を掲げて、反移民や保護主義をはじめブキャナン
とほとんど同じ政策を打ち出すことになったのは皮肉である。

 ただ、意外にもその間の経緯として、2011年上旬にトランプの
方からブキャナンに和解を申し出ていたことが確認されている。彼
は突然ブキャナンに電話をかけて、2000年選挙当時の無礼を詫び、
ブキャナンに許しを請うたのである。トランプがまったく彼らしか
らぬそのような行動に出たのは、おそらくその時点ですでに2012年
ないし2016年大統領選挙への出馬を睨んで、ブキャナンの選挙戦
術を借用するつもりであったからであろう。ブキャナンはすぐに彼
を許し、2016年選挙戦の開幕当初からトランプを支持してきた。
選挙中も何度かやりとりがあり、選挙後のインタビューでブキャナ
ンはトランプが彼のスローガンを使ったことについて「こんなに
嬉しいことはないよ」と答えている。

 筆者は、トランプに一貫した政治思想があることを想定していな
い。むしろトランプ主義とは、本質的には機会主義的なポピュリズ
ムであり、ポピュリストとして支持を広げるためにパレオコンの思
想と政策を利用してつくられた政治姿勢であるととらえている。
以下では、『西洋の死』を中心に、トランプ主義に影響を与えたと
見られるブキャナンの思想と政策の来歴・内容・影響について考察
する。

Copyright (C)  Tatsuhiro Nishioka. All Rights Reserved.


<追記>
(註3)パレオコン、ペイリオコンの表記について

本論文の(註3)で、「paleoconservatism には今のところ定訳がない。
古保守主義、原保守主義、ペイリオ・コンサーヴァティズム等と紹介
されることもある。」と記した。

ギリシャ語と英語の発音ではパレオ、米語の発音はペイリオが近いと
思われ、執筆時に迷っていたが、その後「ペイリオコン」というカタカナ
表記を見かける機会が増えてきた。

ギリシャ語でpaleo(パレオ)は「古」、neo(ネオ)は「新」
を意味するが、米語の発音は「ペイリオ」と「ニーオ」である。
しかるにneoconservatismのカタカナ表記は「ニーオコン」ではなく
「ネオコン」で、paleoconservatismのカタカナ表記は
「パレオコン」よりも「ペイリオコン」が優勢になってきたように見える
わけであるが、言葉は生き物なので致し方ない。

「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」といったところである。

(2020年11月記す)








 


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